「…なあ。平日習い事ってことは、週末はちったあ時間あんの?」
「週末も、習い事か勉強に使っていることが多いわ。
…ああ、そういえば今週末はお琴が急遽お休みになったんだっけ。」
切原は「よっしゃ!」と心の中でガッツポーズをした。
「そんじゃさ、俺が遊びに連れてってやるよ!」
「えっ?」
香織は突然の提案にきょとんとしている。
「アンタみたいな箱入り娘は、世の中学生の遊びを知ることも必要だぜ。
ああ、絶対そうだ。」
神妙な面持ちでうんうんと頷く切原に、香織は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、何よそれ。
でも、たまには良いかもね。付き合ってあげる。」
「そんじゃ、日曜10時に駅前に集合な。超楽しみ!
あ、それ見終わったら俺の机に置いといてくれよ!」
切原は機嫌良くスキップしながら屋上を後にした。
「元気ね…。」
切原がいない屋上は急に静かで、さっきまで聞こえなかった風の音がした。
半ば呆れながらも、嬉しそうな切原の笑顔は少し可愛いかった。
いつのまにか、週末を楽しみにしている自分に気がつく。
それと同時に、かすかな恐れも感じていた。
学校では誰にでも愛想良く笑って、深くは踏み込まない距離を保ってきた。
そうすると最初は話しかけてきたクラスメイトも段々その数が減り、一人でいる時間が増えた。
将来の自由を掴むために、今は望んでそうしていたはずだった。
(それなのに、なぜかしら。
貴方が他の人と同じように、いつか離れていってしまったら…。)
香織の胸の奥には、小さな痛みが確かにあった。
腑に落ちないまま、手の中にあるビデオカメラを指先で開け閉めして遊ばせる。
晴れた空には夏の雲が漂っていて、初夏の日差しが眩しく感じられた。