「私の母はね、華道を教えているの。
まあ、その界隈ではそれなりに有名なのよ。
母はそれを継いで欲しくて、私にたくさん習い事をさせているの。
お花だけじゃなく、書道、お琴、お料理、お裁縫も。」
まさに大和撫子の英才教育だ。
古風で呆れるでしょ、と香織は困ったように笑った。
「そんな何個も凄いねえ。
新宮そういうの似合うし。」
「やっぱりそう思う?」
「?ああ。」
香織は両手の指先を合わせて気まずそうに言った。
「…さっき言った習い事全部、実はあんまり興味なくって。」
「えっ、そうなのか。」
てっきりそういう道に進むつもりなのだと思っていた切原は不意をつかれた。
「ええ。小学生の頃は嫌すぎて泣いてたくらいよ。
だから、母と約束をしたの。
"中学3年間、学校の成績と習い事を完璧にこなすこと。
それができたら、高校からは好きなことをして良い"って。」
グラウンドに視線をやる彼女の表情は明るい。
長い髪が風に乗ってさらりと後ろに流れた。
「ほお〜…。
けど、別に教室でそっけなくする理由にはなんなくねえ?」
「やることが多いから、交友関係は最低限でいいの。
たくさんの習い事をそれなりのレベルでこなすには、やっぱり相応に練習の時間が要るから。
こう見えて、あんまり器用じゃないのよ。」
「なるほどねえ。」
いつも放課後は間髪入れずに帰る姿を見てはいたが、ここまで忙しいとは思っていなかった。
目標がはっきりあって、こんなにがむしゃらに努力していることも初めて知った。
(それなら何を思って、新宮は俺に時間費やしてんだろ。)
切原が香織に関わることも、きっと想定外のことだったはずだ。
切原が付き纏うのをもっと冷たく突き放したってよかったはずなのに。
(…少しは期待してもいいってこと?)
切原は都合の良い希望が自分の底にじわりと湧き上がるのを感じていた。