練習試合の後、幸村は切原を呼びプレーについての指導をしていた。
切原は顎に手を当て、頷いている。
「ふむふむ。確かにあれはちょっとマズかったッスかね。」
「そうだろう。
だから、さっきのはちゃんと立て直してから打つか、ロブで凌いだ方が良い。
…それで赤也、もう香織には告白したのかい?」
急な話題の舵切りに、切原は思わずむせこんだ。
「な、なんスか急に…。」
切原の密かな恋心は早くも幸村にバレていた。
最近なにか気味の悪い視線を幸村から感じるなと思っていたが、こういうことだったらしい。
実際、嘘も隠すのも下手な切原は、傍目に見てもかなり分かりやすく香織にアタックしていた。
故に幸村以外にも多くの先輩達にそのことを知られていたのだが、彼がそれを知る由はない。
「好きなんだろう?香織のこと。
俺は可愛い後輩と友達の恋の行方が心配なんだ。」
白々しく憂いた表情をする幸村は、明らかに面白がっている。
よりによって一番バレたくない人に知られていたなんて、絶望しかない。
「ねえ、弦一郎も気になるだろう。」
「むっ…。赤也、お前本当に…?」
真田は目を丸くした。
「……そうッスよ。悪いッスか?」
ぶすっとして真田を睨む切原の頬は少し赤い。
「いや、悪くはない。
だが、そうか。香織のことが…そうか。」
真田は噛み締めるようにふむふむと頷いている。
そうやって冷静に受け取られると、それはそれで気恥ずかしい。
「香織ってああ見えて結構押しに弱いと思うんだよね。
攻めあるのみ。頑張れ、赤也。」
幸村は両手の拳を握ってファイティングポーズを取って見せた。
「なんかそう素直に応援されると…。」
気味悪いッスね、と言いかけたのを寸手のところで飲み込んだ。
「何かな?」
「何でもねえッスよ。
片付けやってきまーすっと。」
(あぶねえあぶねえ。
余計なこと言ったら、何されるか分かったもんじゃねえからな。)
心の中を見透かすような幸村の問いに、切原は肩をすくめて逃げるようにその場を後にした。
真田は走っていく切原を仁王立ちで見送っていた。
「結果論だが…。
香織が一人でなくなったのなら、この学校に来たのも良かったのかもしれないな。」
真田は、香織が切原とは本来の彼女のままで関係を築けていることに安堵していた。
いくら約束のために頑張りたいとはいえ、真田と幸村以外を完全にシャットアウトしては逆につらくなるだろう。
自分では気がついていないのだろうが、香織は一人でいるのが得意なタイプではない。
本当は人と話すのも、誰かと一緒に過ごすのも大好きな筈だ。
前の学校にいた時から、無理をしている様子の香織を心配していたのだった。
「赤也と、恋人としてもうまく行くと思うかい?」
「さあな。…似たもの同士なのは確かだが。」
「目的のために手段を選ばないところとかね。」
香織や切原が可愛くて仕方がない幸村は、彼らを揶揄ってばかりだが同時に案じてもいた。
二人とも一生懸命な反面、すぐに周りが見えなくなって危なっかしい。
「…お似合いだと思うんだけどなあ。」
二人の視線の先で、切原が他の部活の上級生と揉め始めたのが見えた。
幸村はあーあと苦笑し、真田は深くため息をついた。
真田と幸村の心配は、これからも尽きそうにない。