13

「専用の靴を借りるのね。」

香織は本当にボウリング場に来るのが初めてらしい。

きょろきょろと周囲を見回す彼女の瞳は好奇心に輝いている。

「そ。球はあっちにあるから、好きなの選んでいいぜ。

ルールは知ってるよな?」

「大体ね。」

「まあこういうのは、やってみて覚えるのが一番だ。

見てな。」

まずは一球、切原から投げてみせる。

球は真っ直ぐにレーンの真ん中を滑って行った。

「おっ、どうだ!」

快音と共にピンがたくさん倒れたが、一本だけ倒れずに残っていた。

「あーくそ。

ストライク行ったと思ったのになあ。」

二投目で見事に残ったピンを回収し、"spare"の文字がディスプレイに映し出された。

「っし!」

切原が小さく手を上げると、香織も手のひらを向けてハイタッチに応じてくれた。

ぱち、と当たった手のひらは切原よりも一回り小さく薄かった。

「じゃあ、次は私の番ね。」

香織は立ち上がり、自分のボールを持った。

「投げるときはこうして腕を引いて…んで、足はこうな。」

切原が投げるふりをしてみせると、香織は頷いた。

「…なるほどね。やってみるわ。」

香織が見様見真似で投げた球は一番先頭のピンに当たったが、左右のピンが残ってしまった。

切原はあちゃー、と頭に手を当てた。

「あーらら。これまた絶望的なスプリットだねえ。」

「う…。仕方ないわね、右を狙うわ。」

香織が投げた球は宣言通り、右のピンを一本だけ倒して奥に消えて行った。

「おっ、やるじゃん!俺も負けてらんねえな。」

「私も楽しくなってきたわ。

こういう遊びも悪くないわね。」

(俺だけ楽しむ感じになんねえか心配だったけど…。)

香織が楽しそうに球を取りに行くのを見ながら、切原は満足げに頷いた。




その後も切原は調子良くスコアを上げていった。

「初めてきたからわからなかったけど…。

切原は結構上手いのね。」

香織はスマホで一般的なスコアを調べてみたようだ。

実際、ボウリングには結構自信がある方だった。

「ボウリング好きの先輩がいてさ。

よく付き合わされてんだよ。」

切原の頭には丸井の顔が浮かんでいた。

(ボウリングで丸井先輩に負けてはお菓子を奢らされてたけど、まさかこんなところで役立つとはな。

おかげで、新宮にちょっとはいいとこ見せられそうだぜ。)

切原は心の中で丸井にほんの少し感謝した。

今投げた球はなかなか良かったな、と思っていると狙い通りストライクだった。

「よっしゃ、ストライク!」

「やったわね!2連続じゃない。」

香織は自分のことのようにはしゃいでいた。

へへ、と切原は得意げに鼻の下を擦った。

「この俺にかかればこんなもんよ。

けどさ、新宮も初めてにしては上手くね?

フォームも結構綺麗だし。」

「本当?」

香織がずいっと切原の方に身を乗り出したので、思わずドキッとした。

何も知らない彼女は屈託なく笑う。

「きっと切原の教え方と投げ方が良いのね。

もう少し重い方がいいかしら。変えてくるわ。」

ご機嫌な様子で球を選びに行った香織を見送って、切原ははあーと頭を抱えた。

「…あー、ずりぃなあ。」

今日は意識させられっぱなしだ。

自分だけに向けられる香織の笑顔、動きに合わせて揺れる髪やスカート、細く白い腕…切原は彼女の全部に酷く心を揺さぶられていた。

(なんというか…完敗って感じ。)

恋をするって、こういうことか。

(こんなにも、冷静でいられないもんなのか。)

切原は人知れず、もう一度大きなため息をついた。




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