「新宮〜。今日はこれ教えてくれ〜。」
切原が香織にそうせがむのも、もはやクラスの日常風景となっていた。
切原が香織に好意を持っていることは、クラスメイトにもかなり初期からバレバレだった。
クラスメイト達は"2人を温かい目で見守る同盟"と化しているが、切原が怒りそうなので本人たちには伝えられていなかった。
「またなの?良いわ。貸して。」
香織は相変わらずクラスメイトの前では猫被りを続けていたが、切原と接する時の態度を隠すのはやめた。
そうしていても、香織の邪魔をする者はいないと分かったからだった。
「切原は本当に英語が苦手なのね。」
切原は今日も英語の教科書を香織の机に広げていた。
「横文字が無理なんだよ。
日本人なんだからさ、日本語でいいじゃんって思わねぇ?」
「…貴方は国語もダメじゃない。」
香織は自分のノートの該当箇所を探しながら、呆れたように言った。
「そういえば。
昨日兄様と精市に、例のお祭りに行かないかって誘われてね。」
「えっ?!」
切原は驚いて椅子からずり落ちそうになっている。
つくづく騒がしい人だと香織は思った。
「貴方と行くことになってるって話したら、一緒に行くことになったわ。」
そう言いながら、香織は昨日幸村がにやにやしていたのを思い起こし少し不快に思った。
「へえ〜…赤也と。そうなんだ。」
幸村にそう言われると癪だったが、真田と一緒なら悪くないと思い承諾したのだった。
「ええ?!まじかよ〜。」
がっくりと項垂れる切原を見て、やっぱりそういう意味で誘ったのかなと思うと少しむず痒い。
(私は…。
私自身は、切原のこと、どう思っているのかしら。)
ふとそんなことが脳裏をよぎる。
香織はそれを振り払って話を続けた。
「それでね、浴衣を貸すことになったから切原もうちに来てくれる?」
しばし返事がないのでノートから顔を上げると、切原が呆然と固まっていた。
少ししてから香織もその意味に気づき、ぶわっと顔が熱くなるのを感じた。
(…いえ、兄様や精市だって何度もうちに来てるんだから、特別なことじゃないわ。
ええ、そうよ。
…切原がそんな反応するからいけないんだわ。)
香織は心の中で落ち着けと自分に言い聞かせた。
「あの、特に深い意味はなくて…。
嫌だったら、普段着でいいから。」
「いや、行く!」
切原は無駄に大きい声で返事をした。
香織も咳払いをして冷静さを取り戻した。
「じゃあ、17時にうちでね。
場所はわからないと思うし、兄様達と待ち合わせて来て頂戴。
…はい、これ読んでみて。」
香織は教科書の一文を指さした。
「I see!」
「よくできました。」