「あら、なかなか似合うじゃない。」
切原は玄関を出てすぐに身動きが取れなくなった。
香織の浴衣姿に衝撃を受けたからである。
そこに待っていた香織は、白地に淡い黄色や桃色の和柄が入った浴衣を纏っていた。
長い髪は低い位置で編み込んで纏められ、普段は見えないうなじが露わになっている。
彼女が動くたびに、白い肌に後れ毛がちらついた。
時が止まったように動かない切原を、幸村はつんつんとつついてみる。
「あーあ、固まっちゃったね。」
「?切原?」
香織が切原の顔を覗き込むと、彼は「うわっ!」とのけぞった。
不思議そうにする香織と目が合う。
「やっば…。」
顔を真っ赤にして額に手を当て天を仰ぐ切原に、香織は首を傾げ幸村は腹を抱えて笑った。
切原ははっと我に返ると、がしっと香織の手を掴んだ。
「いいか!俺から絶対に、離れんなよ!」
「ど、どうしたのよ。急に。」
切原は混乱しすぎて、照れながら怒っていた。
(こんなの一瞬でナンパされちまう…!)
そのままの勢いでずんずんと歩き出す。
「絶対だぞ!」
「何よそれ。フリ?」
「ちげえよ!」
……!!
(ていうかこの手、どうしたらいいんだ?!)
今になって、切原はつい勢いで香織の手を握ってしまったことに気がついた。
離したらいいのかもしれないが、もうお祭りに向かう人たちで道が混んできている。
せっかく繋いだから離したくないし、繋ぎ止めていないと本当にどこかに行ってしまいそうな気がして、やっぱり握り直した。
顔が赤いことも、取り乱していることも、カッコ悪いからバレたくなくて、香織の顔が見られない。
香織は手を引かれるまま黙ってついてきていた。
もしかしたら、怒っているのかもしれない。
強引に手を引っ掴まれたことや、早足で歩かせたことを怒っているのかも。
それなら文句の一つでも言ってきそうなものだが、彼女は何も言わなかった。
そんな不安が湧き上がってきた時だった。
(…あれ、今。)
香織の手に力が込められたのがわかった。
外から見ても分からないくらい僅かに、でも確かに彼女は手を握り返していた。
切原だけがその感触を知っていた。
日が落ちてくると、吊り下げられた提灯がぼんやりと当たりを照らし始めた。
人混みの雑踏の中で、香織との間の心地よい沈黙が2人を繋いでいるような気がした。
切原が歩く速度を緩めると、香織は隣に並んだ。
切原の視線に気づいた彼女がこちらに向けた目線がかち合う。
何か言うかと思ったが、彼女はただ照れたように目を伏せただけだった。
幸村は切原と香織から少し離れたところで真田に囁いた。
「ねえ、俺たち居ないことになってるよね。」
「言うな、精市。
いい雰囲気のようだし、そっとしておいてやろう。」
真田はは赤也のお父さんか何かなのだろうかとつくづく思う。
(まあ、見守ってやりたいのは俺も一緒だけど。)
「揶揄うのはまた今度かな。
今日くらいは許してあげないとね。」
つまらなけど、と言う言葉とは裏腹に、幸村は優しい目で二人を見ていた。