「ん…。」
切原が薄く目を開けると、白い天井と薄緑のカーテンが視界に入った。
1時間程、保健室のベッドで眠ってしまっていたらしい。
体は少し軽くなっていて、昨日までの怠さや嫌な眠気は消えていた。
「体はどう?」
声のした方を見ると、香織がパイプ椅子に座っていた。
「だいぶ楽。あんがとな。」
「そう、ならよかったわ。」
彼女の膝には閉じた参考書が置かれていた。
切原が眠っている間、ずっと座って待っていてくれたらしい。
「はい、これ。精市がもう一本飲んでおけって。
あと、家に帰ったらしっかり食事を摂って早く寝るようにって兄様からもメッセージが来てたわ。
今回に懲りたら、もうめちゃくちゃな練習はやめるのよ。」
「へいへい。わかったよ。」
また真田に怒られる理由が増えてしまったようだ。
切原はやれやれと肩をすくめた。
「……それから…。」
香織はまだ何か言いたそうだったが、切原はそれを遮った。
「ごめん。あのさ、先に言わせて。」
彼女の表情を見て、何か胸騒ぎがした。
(ああ、わかった。)
さっきから、一度も目が合ってない。
切原が体を起こして香織の方を見ると、彼女はあからさまに視線を逸らした。
「…何?」
「好きだ。」
少しの間、沈黙が流れた。
香織は俯いているので、表情は髪に隠れて見えなかった。
彼女は唇を噛んだ。
「なんで今、そんなこと言うのよ…。」
「今言わねえと逃げられそうな気がしてね。
俺の勘って良くあたるのよ。」
「…本当にそうね。」
まさに香織は、切原に"もう関わらないで"と告げて帰るつもりだった。
「切原のせいで、習い事が手につかないのよ。」
香織は表情を見せないまま言った。
「そう、なのか。」
何よりも約束の達成を中心に生活していたはずの香織が、そんな状況に陥っていたことを初めて知った。
気がつかなかった。
(…いや、気づかなくて当たり前だ。)
最近香織とはろくに話をしていなかったから、分からなかったのだ。
「だって…。」
香織は切原の方を見た。
これまでもそうだった。
視線が合うだけで、切原は何度でも彼女に引き込まれていた。
「だって、お祭りの時は酷くドキドキさせられて、かと思ったら急に無茶し始めて心配させられて…。
関係ないって言われた時は悲しくて。
貴方って本当に、私の心を乱してばかりだわ。」
切原は香織が自分と同じように、相手の行動に振り回
されていたことを知り苦笑した。
(俺だけじゃなかったんだな。)
彼女の一挙一動にドキドキしたり焦ったくなったのは、切原も同じだった。
頬は紅く染まり、困ったような怒ったような表情でそれを吐露する彼女が心底愛おしいと思った。
「…ごめんな、振り回してばっかで。」
そう言う切原の顔は自然と綻んでいた。
「本当よ。
こんな恥ずかしいことまで言わされて、もう意味がわからないわ。」
香織は両手で顔を覆った。
切原は手を伸ばして彼女の髪に触れた。
「俺と出かけるの、嫌だった?」
香織はふるふるとかぶりを振った。
「…楽しかったわ。
でも私は今、遊んでいるわけにはいかないの。」
「わかってる。
俺も来年の全国制覇っつーやらなきゃなんねえことができたわけだし、ちょうどいいぜ。
アンタはアンタのことに集中したらいい。」
「…うん。」
切原は布団から出てベッドに座り直し、香織と正面から向き合った。