「兄様、あの人の名前は?」
「切原赤也。テニス部の2年生だ。」
「そう…。切原くん。ちょっといいかしら。」
「お、おう…。」
「私は新宮香織。明日からこの学校に通うことになっているわ。」
「俺は切原赤也。
…アンタ、部長と副部長の知り合い?」
切原は3人を交互に見ながら、おずおずと疑問を口にした。
「兄様は私の従兄弟よ。
そこの幸村とかいうやつのことは知らないけど。」
幸村は少しも動じることなく、笑顔で付け加えた。
「俺たちは幼馴染なんだ。
昔からの付き合いだから、お互いのことは良く知っているんだよ。」
香織はふんと鼻を鳴らした。
「貴方とはただの腐れ縁よ、精市。」
これまでのやり取りから、切原は何となく3人の関係性を察した。
(それにしても、一目惚れした相手が真田副部長にゾッコンなんて…ついてねぇなあ、俺。)
項垂れる切原に、香織は言った。
「切原くんにお願いがあるの。
ここで見たこと、内密にしておいてくれないかしら。」
「?なんでだよ。」
「私、色々事情があって、静かな優等生でいたいのよ。
あまり隙を見せるとトラブルの元でしょ?
だから、お願いね。」
にっこりと微笑んだ香織の笑顔は、さっき道案内した時と同じようによそよそしいものだった。
切原はその笑顔にさえドキドキしながらも、先程の様子と比べて少し距離を置かれたようにも感じていた。
「じゃあ、私は職員室に行かないといけないから。
兄様、またそのうちに。」
「ああ。近いうち、お前の両親に挨拶に出向くから、よろしく伝えておいてくれ。」
「ええ。」
香織は真田に微笑むと、踵を返して職員室へ歩いて行った。
(ずりぃなあ、副部長…。
あいつにあんな風に笑ってもらえるなんて。)
真田の前で見せる柔らかい新宮の笑顔が、切原の胸の奥をきゅっと締め付けたまま残っていた。
「ねえ、真田。」
「ん、どうした。」
幸村は声を顰めた。
「恋の始まりかな?」
真田は目を見開いた。
「まさか。…いや、しかし…そうなのか。」
「ふふ、どうなることやら。」
幸村は楽しそうに笑った。