食堂の中では沢山の生徒が食事をしていたが、テラス席には人もまばらでゆったりと座ることができた。
人目も少ないので、香織としては有難かった。
「俺は食券を買ってくる。
お前達はここで待っていろ。」
「はい。いってらっしゃい。」
真田がそう言って席を立つと、必然的に切原と香織は2人きりになった。
「新宮ってほんと、副部長のことリスペクトって感じだな。」
「そうね。兄様がいると安心するわ。」
(安心ね…。)
切原はどちらかというと緊張するのだが、そう思ったことは黙っておいた。
香織はお弁当の包みを開けながら話を続けた。
「うちではよく親戚の集まりがあるのだけど…。
まあ、これが堅苦しいものでね。
同世代の親戚は兄様だけだったから、幼い頃からいつも後をついて回っていたのよ。」
真田の一族ならいかにも古風なしきたりなんかがありそうだと、切原にも何となく想像できた。
同時に、真田の後ろについていく幼い香織はさぞ可愛かっただろうなとも思った。
「新宮もむしろ、厳しく育てられてるタイプかと思ってたぜ。」
「実際そうね。
でも私自身はそういうのが好きな訳じゃないわよ。
厳しすぎると息も詰まるし。」
「へえ…。なんか、すげー意外。」
切原は香織の言葉に驚いた。
てっきり堅苦しいのが好きな方かと思っていたからだ。
「そうでしょうね。
近寄り難いって思われてるほうが都合が良いから、そう見えるように振る舞ってるし。」
「都合がいいのか?」
「ええ。」
切原が理由を聞くより先に、香織が口を開いた。
「…いつも思うけれど、本当に貴方って神出鬼没よね。」
「うわ!」
いつのまにか隣に幸村がいたので、切原はびっくりして軽く飛び跳ねた。
「楽しそうだから、俺も混ぜてもらおうと思って。」
香織はあからさまに嫌な顔をしているが、幸村は一向に堪える気配がない。
(初日に会った時からこんな感じだったけど、ここまで部長のこと邪険にできるのもこいつくらいだよな…。)
穏やかな雰囲気ながらどこか凄みのある幸村に恐れを抱く者も多い。
「アンタと部長はなんでそんな仲悪いの?」
香織は幸村を見て眉間に皺を寄せた。
とても迷惑と顔に書いてある。
「だって、精市はいつも兄様を取るのよ。
私はテニス出来ないのに、すぐに二人で試合や練習を始めるんだもの。」
成る程な、と切原は納得した。
あんなに懐いている真田を、幸村が来るたびに連れて行かれては面白くないだろう。
しかも、それで香織が怒るのを幸村は楽しんでいるから尚更だ。
香織は不機嫌そうに続けた。
「でも一番腹が立つのはそこじゃないわ。
そうやって連れて行っておきながら、精市はいつも兄様を負かすのよ。
悔しいけど、強いから。」
「ふふ。弦一郎には、まだ負けないよ。」
「その余裕がムカつくのよ。」
(ああ、なんかわかる気がする。)
切原は香織に共感した。
飄々としながらも、幸村の実力は本物だった。
(この様子だと、部長とはマジで犬猿の仲みてえだな。)
そう思うと少しほっとした。
ライバルは一人でも少ない方がいい。
真田についても聞きたかったが、本人が帰ってきたのでまたの機会にすることにした。
「また喧嘩をしているのか。」
「兄様。」
真田が不貞腐れた香織の頭をぽんと撫でた。
真田の優しい眼差しは、これまで切原が目にしたことのないものだった。
「学校では大人しくしているんじゃなかったのか。」
「いいのよ。精市と切原の前だけだもの。」
(!!…俺もその中に入ってんのか。)
香織が素を見せてくれる特別な仲に、自分も認定されていると分かって嬉しくなった。
あからさまににこにこし始めた切原を、真田と幸村は微笑ましい気持ちで見守っていた。