1週間程経って、切原は香織がすごく頭が良いことに気がついた。
課題はほとんど満点。
指名されても言い淀むところなんて一度も見たことがない。
あまり自分から話しかけたりはしないので、クラスメイトからは一目置かれると同時に少し遠巻きに見られていた。
ただ1人、切原を除いては。
「新宮、これ教えてくれよ。」
切原だけは香織に話しかけることを辞めなかった。
「さっき同じような問題を先生が解説してたじゃない。
先生に聞いたらどう?」
「それがわかんなかったんだって。な、頼むよ〜。」
「嫌よ。」
「…じゃあ、これでどうよ。」
切原はこそこそと香織にあることを耳打ちした。
「…仕方ないわね。」
彼女はぐっ、と一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐにすました表情に戻った。
切原は香織の素に戻った表情が好きだった。
他のクラスメイト達と違う特別な関係なのだと実感できるし、あと単純に可愛い。
(隠しちまうのが勿体ねえような、俺にだけで良かったような…。)
香織は不服そうに手のひらを差し出した。
「ほら、見せてみなさい。」
「ああ、えーっと…。」
切原は英語の教科書を開いて香織の机に置いた。
授業でわからないところをわざわざ誰かに教えてもらったりなんてするタイプではないが、香織との接点になるのなら何だっていい。
「ここ、何でdidになんの?」
「この前の文章で過去の話に変わってるからでしょ。
ほら、これ…。」
さっぱりわからないという顔をする切原を見て、香織は深くため息をついた。
「貴方は国語から勉強し直した方が良さそうね。」
「いや〜、恐縮です。」
正直、香織と話すきっかけさえ作れれば内容なんてどうでも良かった。
へへ、と笑う切原の目の前に、香織は無言で国語の教科書と辞書を並べた。
「私が教えるんだから、わかるまでやるわよ。」
香織はこれまで聞いたことのない低い声でそう言うと、にっこり笑った。
「お、おう…。」
どうやら彼女は、負けず嫌いらしい。
切原は軽い気持ちで教えを請うたことを少しばかり後悔したのだった。