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「うぃーす。」

切原が部室のドアを開けると、丸井と柳がすでに着替えを済ませて座っていた。

丸井は「よ。」と切原に片手を軽く上げて見せる。

切原は勢いよくラケットバッグを置くと、自分もベンチにどかっと腰掛けた。

さっさと着替えを始めながら、気になっていたことを丸井に問いかけてみる。

「そいや、新しいマネージャーって連絡来てたッスけど、なんか知ってますか?」

「いや、なーんにも。」

丸井はスマホのパズルゲームをプレイしながら、気のない返事をした。

彼曰く最近女子の間で流行っているらしいのだが、切原はあまり興味がなかった。

「フーン。なんで今更マネージャー増やすとか言うんスかね?」

「それもわかんね。

そもそも、瀬川がよくやってくれてるから他は要らないって言ったの、幸村くんだし。」

立海の参謀たる柳なら何か知っているかも、と切原は少しばかり期待したが、柳は何も言わなかった。

(なんか、納得いかねえんだよなあ。

…まあ、邪魔にならなきゃなんでもいっか。)

切原は考えるのをやめ、一足先にコートへ向かった。



部室での彼らのやり取りを、柳は敢えて黙って聞いていた。

柳はしばらく前から部室に居たが、この2人より先にきたレギュラー達も同じようなことを話していた。

おそらく全員が、マネージャーについては同意見だろう。

これに関しては予想通りだ。

実際、瀬川のマネージャーとしての働きぶりは申し分ないものだった。

マネージャー業は的確にこなすし、細かいところによく気がつく。

彼女の仕事能力もさることながら、レギュラー達がそれと同じくらい買っているのが彼女のキャラクターだ。

立海大テニス部のレギュラー陣は一部の女生徒達に熱狂的な人気があり、所謂ファンクラブなんてものまで存在する。

それ自体は構わないのだが、マネージャーとして部を支えるからには、そういうものに興味がない者が望ましい。

瀬川がそれらに驚くほど興味がなく、レギュラー達を特別扱いしないことも、マネージャーとして信頼を得ている理由の一つだった。

故に、彼らにとっては得体の知れない女子である天澤のマネージャー就任を訝しがるのも無理はない。

実際は、天澤は瀬川と全く違った役割を持つことになるのだろう。

(天澤の実力を知れば、彼らも興味を持たざるを得ないだろうな。)

事実、柳は彼女のプレーに興味津々だった。

幸村精市の本気とやり合える女子など、これまで聞いたことがない。

うちの部の何人が渡り合えるのか、どんなプレーヤーと相性が良いのか、ダブルスならどんな動きをする…?

色々な可能性を試してみたくなる。

彼女と対戦することで、レギュラー達の新たな成長も見込めるだろう。

(試合データの収集が楽しみだな。)

柳はふっと笑うと、ノートを持って部室を後にした。