2人は電車で2駅のところにある植物園へ来ていた。
「ここ、友達と来るのは初めてだなー。
小さい頃、おばあちゃんとはよく来たんだけど。
綺麗だし、ゆっくりできて良いよね。」
幸村は"友達"という言葉に一瞬胸の奥が痛んだのを自覚したが、見て見ぬふりをした。
「俺も1人でしか来たことがないな。
今は色々咲いてて良い季節だね。」
入口からすぐのところだけでも、色とりどりのチューリップやパンジーが目に入る。
真琴と幸村はゆっくりと並んで歩いた。
「クロッカス、うちのお庭もそろそろだなあ。
あ、向こうは桜ゾーンだって。」
今日は少しはしゃいでいる真琴を、幸村は微笑ましく見守っていた。
ガーデニングに力を入れているのは、主に彼女の祖母らしい。
小さい頃からたくさんの草花に囲まれて育った真琴は、それらを愛でる時本当に幸せそうな顔をする。
幸村が植物のことを必死に勉強したのは、真琴と仲良くなるためだけでなく、自分もそんな風に世界を見ることが出来たら、と思ったからかもしれない。
桜ゾーンを目指して歩く途中、そういえば、と真琴は話し始めた。
「私、生まれた時からあのお庭が遊び場だったでしょ。
小さい頃は、学校以外であそこから外側に殆ど出たことがなかったの。
だからかな。実は、精市くんに誘われて初めてテニスしに行くって言った時、お父さんに猛反対されたんだ。」
「えっそうなのかい。」
その時の真琴は何も言わなかったので、幸村は一切そのことを知らなかった。
「結局、お母さんが心配しすぎって怒ってくれて、あの日から行かせて貰えたんだけど…。
あとで聞いたら、こっそりSP付けられてたんだって。
過保護にも程があるよね。」
…それはかなりの騒動だったんじゃなかろうか。
幸村はちょっと申し訳なくなった。
「親の言うことに反抗したのも初めてで。
でも、どうして行きたかったの。
テニスもしたかったし、精市くんにも会いたかったから。」
そんなことを言われたら、つい期待してしまう。
真琴がそうまでして会いに来てくれた理由を、都合よく解釈してしまいそうになる幸村がいた。
我ながら、証拠集めに貪欲すぎて心の中で自嘲した。
真琴の前では、本当に余裕がない。
「それを聞いたら、真琴とテニスができるって奇跡みたいな気がしてきたよ。
…正直、誘った時はこんなに才能があるとは思っていなかったけどね。」
「ふふ、自分でもびっくりするぐらい人生変わっちゃった。
こんなに楽しいことってないもの。
私にテニスを教えてくれてありがとうって、いつか言わないとなーって思ってたんだ。」
「それは良かった。…あ、着いたみたいだね。」
染井吉野はもう半分以上散っていたが、八重桜と枝垂れ桜は見事に花を咲かせていた。