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入口から遠いためか、この辺りは人もまばらだ。

静かな中に時折通り抜ける風が、枝葉を揺らしてさわさわと心地よい音をさせた。

枝垂れ桜の下にベンチを見つけた真琴が幸村を手招きする。

彼女が腰掛けたとなりに幸村も座った。

「綺麗…。」

真琴は桜を見上げ、小さく呟いた。

桜色の中に、空の水色が透けて見える。

幻想的な景色の中に、真琴と2人でいることが嘘みたいな気がした。

ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離に居る真琴に、触れたら何か変わるのだろうか。

「精市くん。」

声をかけられて、幸村は伸ばしかけた手を戻した。

何か悪いことをしようとした気がして、目を逸らしたくなる。

その時、幸村は視界の隅にサッカーボールが真琴の方へ飛んで来るのを捉えた。

「危ないっ。」

幸村が咄嗟に真琴を抱き寄せると、彼女のしなやかな身体つきが接しているところから伝わってきた。

自分の顔が急激に熱を持つのを感じる。

彼女を抱くと同時に舞った甘い香りが、感じたことのない強大な力で自分を突き動かそうとしたのが分かった。

このままこの衝動に身を任せられれば、どんなに簡単だっただろう。

堪えるように、幸村は彼女を抱く腕に力を込めた。

ボールが真琴の背後を掠めて飛んでいったのを確認し、幸村は彼女を解放した。

「…ごめん、咄嗟に。大丈夫だった?」

「うん。えーと…その。…ありがとう。」

真琴は俯いて、両手で頬を包んでいる。

指の間から見える頬が紅潮していた。

「なら良かった。…そろそろ歩こうか。」

「うん。」

真琴は幸村に続いて立ち上がった。

彼の切り替えようとする気遣いに、何故かほっとしている真琴がいた。

昔とは違う、彼の背中を追いかける。

(どうしよう…。どんな顔していいかわからない。)

抱き寄せられた時、その感覚に酔わされたのは真琴も同じだった。

ゆるやかな風が彼女の髪を靡かせ、まだ赤く染まったままの頬を冷ますように優しく撫でた。