新しい革靴で一歩踏み出し、春の空を仰ぐ。
並木に沿って植えられている桜はもう満開を過ぎてきた頃だ。
柔らかい風が、彼女のゆるいウェーブの髪を靡かせた。
天澤真琴は数年ぶりにイタリアから帰国し、幼少期を過ごした街に帰ってきた。
暖かい日差し、草木の賑わい。真琴は日本の春が心底好きだった。
「真琴。」
澄んだ声に振り向くと、懐かしい人物がこちらに微笑みかけている。
「久しぶりだね、精市くん。」
「本当に。…変わらないね、真琴は。安心したよ。」
彼、幸村精市は真琴がこの街に住んでいた時の一番の友達だった。
彼は外見も声も、真琴が記憶していたよりもずっと大人になっていた。
けれど自分でも驚く事に、真琴は出会ってすぐに彼と確信したのだった。
(…ああ、そうか。笑顔が変わらないんだね。)
目の細め方、口角の上がり方や首の傾け方まで。
身体が大きくなっても、仕草や雰囲気が幼い頃と何一つ変わっていない。
「また会えて嬉しいよ。精市くん。」
「俺も。この日をずっと待ってた。」
大袈裟な、と思いながらも、真琴にとっても幸村との再会は嬉しいものだった。
新しい環境とは不安なものだが、彼がいてくれれば心強い。
「行こう、朝のうちに会っておきたい人もいるしね。」
真琴はうなずき、幸村と並んで歩き出した。