一番に飛び込んで来たのは、近くにいた瀬川だった。
「天澤ちゃん、大丈夫っ?!」
瀬川は真琴に駆け寄り、訝しげに宇都美を見る。
真琴は何がなんだか分からず、その場から動けずにいた。
すぐに両校の選手達も血相を変えて集まってきた。
不二が宇都美のそばにしゃがみ、心配そうに顔を覗き込んだ。
「宇都美さん、何があったの?」
「不二くん…。」
宇都美は潤んだ瞳を上げ、不二を見つめた。
鼻や目は赤く、その表情は今にも泣き出しそうだ。
「真琴ちゃんが…。私がみんなと仲良しなのが面白くないって…。
私のこと突き飛ばしてっ…!」
涙を堪えながらなんとかそれだけ話すと、宇都美は不二の胸に顔を埋める。
何も知らない人が見たら真琴は悪者にしか見えないだろう。
宇都美が真琴の名を出した瞬間、青学の選手達からの嫌疑の目が一斉に真琴に向けられたのが分かった。
これが彼女の狙いだったのだと、気づいた時にはすでに最悪の状況が出来上がっていた。
(また、香りが強くなった…。)
真琴はこの状況もさることながら、蒸せ返るような甘い匂いにもだんだん気分が悪くなってきた。
瀬川が宇都美を見据えたまま、真琴の手をきゅっと握ってくれる。
それは彼女が味方であることを伝えていた。
「そうか。話してくれてありがとう。怖かったね…。」
不二が宇都美の頭を撫でる。
切長の目が真琴を鋭く睨みつけていた。
海堂が唸るような声で真琴に詰め寄る。
「てめぇ、何汚ねえ真似してくれてんだ…?
宇都美先輩を傷つける奴は、俺が許さねえ…。」
「私は何もしていません。」
今はただそう言うことしかできなかった。
幸村が庇うように真琴の前に立つ。
「真琴がそんなことするわけがないだろう。
言いがかりはやめてくれ。」
柳も続けて、援護するように言った。
「宇都美の証言しか証拠はない。
彼女がそんな大人気ないことをする者なら、わざわざ手塚と試合をしたりしないさ。」
幸村も柳も、そして後ろで腕組みをしている真田も、友人を侮辱されたことに心底腹を立てていた。
もはや殺気立っていると言っても過言ではない。
丸井は冷たい視線を宇都美に投げかける。
「むしろ、そいつが怪しいんじゃねぇの。
試合で負けた相手に直接攻撃してくるようなやつらの仲間なんだし。」
丸井の言葉に、大石が普段の穏やかさからは想像できない剣幕で反論した。
「なんだって…?言ってくれるじゃないか。
現に宇都美がこうして泣いているっていうのに、どうしてくれるんだ。」
越前も大石の意見に同意した。
「そーだよ。この状況を見れば、誰が悪いかなんて一目瞭然ってやつじゃない?」
確かに、状況は真琴にとってかなり分が悪いと言える。
真琴が宇都美に危害を加えた証拠はないが、何もしなかったという証拠もないのだ。
不二の腕の中で宇都美がほくそ笑んでいることも、真琴にしか見えていない。
幸村はなんとか怒りを押し殺して、この場を収めにかかる。
「こうしていがみ合っても仕方ないし、今日のところはもう休もう。
真琴本人がやってないって言っているんだから、否定するなら証拠を持ってきてくれ。
それほど彼女が大事なら、誰かが常にそのお姫様に付いていたらどうだい?
俺達はもう、君達に関わる気はないけど。」
幸村は真琴を連れ、他の立海メンバー全員とともに倉庫を出た。
真琴は外の涼しい風に吹かれて、顔の火照りが少し冷めたのを感じた。
苦手な香りが薄まったこともあり、段々と気分も落ち着いてきた。
切原は不満そうにふくれている。
「何なんだよ、あいつ。
めちゃくちゃ嘘泣きなのに、みーんな騙されてやんの。
一発殴ってやろうかと思ったぜ。」
丸井はいつもの風船ガムを1つ口に入れ、気に入らなさそうに呟く。
「俺が怪我させられた時もそうだったけど、なんかおかしいんだよなあ。
あいつらが女子一人のために、あそこまで言うのも不自然だし。」
「腑抜けどもが、全く情けない。」
真田はふんと鼻を鳴らした。
幸村は今回の一件で青学への警戒をさらに強めていた。
何が起こっているのかは分からないが、関わらないのが吉だろう。
「何にせよ、無事で良かったよ。
でもまた何をされるかも分からないし、合宿の間は真琴も瀬川も俺の目の届くところにいてくれ。
みんなもなるべく2人以上で行動するように。何か気づいた事があったら教えてくれ。」
柳が頷く。
「あの状態の彼らが、また暴力的な手段に出る可能性もあるからな。
トラブルのないようお互い注意しよう。」
真琴はこくりと頷いた。
後ろを振り返ると、青学の選手たちの間に宇都美が見える。
ふいに彼女の表情が思い起こされ、真琴は身震いした。