夜が更けてきて、足元が少し冷える。
窓の外は暗く、ぽつぽつとしか明かりのない廊下はしんと静まり返っていた。
真琴は目的の部屋の前で扉をノックした。
「どうぞ。」
中から聞き慣れた声がする。扉を開けると幸村が迎えてくれた。
「どうしたの?…とりあえず、入りなよ。」
真琴はこくりと頷き、ベッドに腰掛ける幸村の隣に座った。
幸村は持ってきたペットボトルの紅茶を2つの紙コップに注ぎ、1つ真琴に手渡した。
「急にどうしたの。眠れなくなったとか?」
「うん。ちょっとだけ。
実はお菓子持ってきたんだ。一緒に食べよ?」
真琴はにっこり笑って、チョコレート菓子の袋を見せた。
個包装の包みを一つ、幸村の手に乗せる。
真琴貰った紅茶を一口飲み、カップを持つ手元を見つめたまま話し始めた。
「あのね。この合宿所に来てから、悪い予感がずっとするの。
何でかは分からないし、黙ってたんだけど…。落ち着かなくて。」
「不安なのかい?」
真琴は素直に頷いた。
「少しだけ。
精市くんは大丈夫?お昼間は体調悪そうだったけど。」
「ああ。今は大丈夫だよ。
ちょっと立ちくらみがしただけだから。」
真琴はほっとした表情になった。
実際あの時以外は何ともなかったが、唐突に身体に不調を感じた原因は分からなかった。
真琴に余計な心配をさせないために、そのことは黙っておくことにした。
「それなら良かった。ずっと心配だったの。
精市くんも、何かあったら私やみんなを頼ってね。」
濡れ衣を着せられ辛い思いをしたばかりだというのに、幸村の些細な体調の変化を気遣う彼女は、本当に優しい人だ。
この合宿での不穏な空気に、これ以上傷つくことがないと良いのだが。
「…あの、それとは別にお願いがあるんだけど…。」
「何だい?」
真琴はそれを言うべきかどうか少し迷っている様子だったが、意を決したように言った。
「実は、こっちに来た理由がもう一つあってね。
その…お部屋に大きい虫がいて……。
お布団持ってくるし、こっちで寝てもいい?」
幸村は正直拍子抜けしてしまったのだが、真琴は心から困った顔をしている。
(というか、願ったり叶ったりなんだけど…。)
幸村はにやけてしまいそうな顔を必死に取り繕った。
健全な男子中学生には、嬉しくもちょっと辛いお願いである。
相手が自分で心底良かったと安堵した。
「いいよ。ここに予備の布団があるから、使うといい。」
真琴の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとう!よかった〜。」
「もう時間も遅いし、寝る準備をしようか。
明日も早いからね。」
「うん。」
幸村と真琴は隣同士に布団を並べた。
天井の明かりから垂れ下がっている紐に手を伸ばす。
「それじゃあ、電気消すね。」
「うん、おやすみ。」
電気を消して、幸村も布団に入った。
窓から入る月明かりがうっすらと部屋の中を照らしているが、ほとんど何も見えない。
お互いの顔も見えないが、彼女の息遣いが感じられるのでそこに真琴がいるのを感じた。
「精市くん。」
「うん?」
「あのね。」
長時間の練習で疲れているのだろう、真琴の声はすでに眠そうだ。
「精市くんが居てくれて、良かった。」
それだけ言うと、真琴はいつのまにか眠りについたようだった。
(無防備だなあ…。)
彼女も年頃の男女が同じ部屋で一晩過ごすことの意味くらい知っているだろう。
それでも真琴がこの部屋来たのは、幸村なら大丈夫という安心感からなのか、それとも何かあっても良いと思ってのことなのか。
(どっちにしても買い被られてるな。
かと言って手を出す訳にもいかないし…。
君って本当にずるいよね。)
幸村は、起こさないようにそうっと真琴の髪を撫でた。