ボールが高く上がり、青い空に鮮やかな黄色が眩しく光る。
真琴は入学してまもない頃、自宅のコートで試合をしたことを思い出していた。
同じようにテニスをしているのに、お互いの立場が以前と全く違うのが不思議に思える。
(精市くん、今度は私が助けるね。)
サーブの快音と共に、試合が始まった。
正直なところ、予想以上だった。
幸村のテニスの腕は格段に落ちていて、真琴が容易に対処できるボールばかりだった。
反応は鈍っているし、判断も遅い。
これではすぐに勝ててしまいそうだ。
何より、彼はとても苦しそうに見えた。
(こんなに辛そうにテニスをしている精市くん、初めて見た。)
彼の眉間には皺が寄り、苦痛の表情を浮かべている。
真琴は見ていられなくて、無意識に彼の表情を見ないようにしていた。
試合が始まってからというもの、幸村は頭の中にもう一つの声が聞こえていた。
香の影響下であるにも関わらずそんなことが起きたのは、彼の中でテニスが大きな割合を占めているからに他ならない。
幼馴染たちと技を磨いた日々、優勝を目指して部活に打ち込んだ思い出、楽しかったことや悔しかったこと…他にも沢山の記憶が、テニスをする感覚を通して甦ったのだ。
対戦相手が真琴であったことも、それを加速させていた。
香の力で薄れていた大切な物と、宇都美への情動が拮抗し、幸村は酷く混乱していた。
両手を組んで祈っていた宇都美は、苦戦する幸村に少し苛ついていた。
「おかしいな…。幸村くん、こんなに弱かったっけ?
頑張って早く勝ってね!じゃないと…。」
「要らなくなっちゃうかも。」
彼女の低い呟きは、誰の耳にも届かなかった。
香の効果を薄める為に、真琴は試合を長引かせていた。
幸村の体力がじわじわと削られているのに対し、彼女ははまだまだ余力を残している。
敢えて幸村が追いつける範囲に返球を続けた。
精神的にも身体的にも想像以上のダメージを受けている幸村を見ているのは辛いが、ここでやめては意味がないと心を鬼にした。
3セット目が始まろうという時、幸村がトスをあげようとした手を不意に止めた。
頭を抱え、苦しそうに呻いている。
「…う……。俺は、何を…。」
(切れてきた…!)
その変化に即座に気づいたのは真琴と、そしてもう一人。
宇都美が香が弱まったのを瞬時に察知していた。
彼女はスカートのポケットから、白くて丸い手のひら大の何かを取り出した。
同時に、幸村がサーブを放つ。
真琴はボールにかざした左手の向こうに、宇都美の持つ"それ"を捉えた。
「今だ!」
真琴はラケットを力強く振り抜いた。
ボールは幸村の頬を掠め、一直線にコートの後ろへ飛んでいく。
そして、狙い通りに宇都美の持っていた香を打ち砕いた。