「なによ…せっかく上手くいってたのに。
あんたがあれを壊したせいで…!」
真琴を見て声を荒げる宇都美に、乾が静かに言った。
「他人を意のままに操るなんて、あってはならないことだ。」
「乾くん、裏切ってたのね…。」
宇都美は乾を睨んだ。
「裏切ってなんていないさ。
最初から、お前に与してなどいなかった。」
それが宇都美にとって最大の誤算だったと言える。
彼女は始め手塚、不二、越前を中心に香を使っていた。
それは彼女がその3人を手に入れたかったから、というのもある。
そしてそれ以上に、彼らが違和感に鋭く反応し、計画の失敗を招く可能性があると踏んだからだった。
だがその分他への香の効きが甘くなり、結果的に全てを見抜いたのは乾だった。
彼の分析力と判断力、そして行動力を宇都美は見誤ったのだった。
「…一応言っておくけど」
乾が眼鏡の位置を直した。
「このやりとり全部、録画してるから。」
「…え?」
「帰ったらそれを持って大人達に報告するつもりだ。
お前の居場所はもう、テニス部どころかうちの学校にもないよ。」
宇都美は少しの間項垂れていたが、顔を上げると意外にもその表情には余裕があった。
落ち着いた様子で立ち上がり、スカートの埃を払う。
「あーあ、最強のテニス部まで手に入れたのに…。
もう良いわ。青学のみんなの香もじきに切れるでしょうけど、あんなやつら要らない。」
宇都美は強気だった。
「幸村くん、私と一緒に来ない?」
幸村はその言葉に、一気に怒りが噴き上げるのを感じた。
彼女にどんな勝算があってそう言っているのかは知らないが、これまでの屈辱を思い返すと自分の中の何がが爆発しそうだった。
衝動を抑え込むように、強く拳を握る。
「行く訳ないだろう。お前の顔を見ているだけで吐き気がする。」
「それはどうかしら。貴方に使った香だけは、特別製なのよ。
じゃあね。」
彼女は楽しそうにそれだけ言うと、くるりと踵をかえして去って行く。
「待て!」
追いかけようとした幸村達の前に、青学の選手達が立ちはだかった。
長期間に渡り香を吸わされていた彼らは、まだその効力が消えていないらしい。
桃城は今にも掴みかかってきそうな勢いだ。
「ここを通す訳にはいかねえなあ、行かねえよ。」
越前がラケットを手に、幸村達に向けてボールを放とうと構える。
幸村は皆に声を掛けた。
「今無理に追いかければ、怪我をしかねない。…ここは一旦引こう。」
彼女を追いかけて恨みを晴らせたらと思わなかったわけではない。
だが、これ以上真琴や他の皆を傷つけさせるわけにはいかなかった。
宇都美の言っていたことは気になるが、今はこうするしかない。
幸村達は青学の選手達を残し、宿泊施設まで退避した。
その間に宇都美は姿を消していた。