幸村は合宿所の自室で、帰り支度を済ませて待機していた。
帰りのバスが来るまでには、まだ時間がある。
ベッドに腰掛け、組んだ両手に頭をもたれさせたままで幸村は動けずにいた。
(頭が重い…。)
彼の脳裏には、真琴の首を絞めた時の光景が何度もフラッシュバックしていた。
おそらく、これが宇都美の言う「特別製の香」の効力なのだろう。
(今真琴に会うのはまずいな…。)
彼女のことを考えると、自分の中で激しく黒い衝動が湧き上がることを、幸村は自覚していた。
このままでは、今度こそ殺してしまうかもしれない。
嫌な汗が額を濡らす。
その時、部屋の扉がノックされる。幸村は思わずびくりと体を引き攣らせた。
「幸村。今いいか。」
声の主は乾だった。訪ねてきたのが真琴でないことに、幸村は安堵した。
「ああ。」
乾は扉を閉めると、幸村の前に立った。
「さっき宇都美が言っていた、香のことだが…。」
「今まさに、それに頭を悩ませていたところだよ。
全くやっかいな物を使ってくれた。」
幸村はそう言って、力なく笑った。彼にしては珍しく余裕がない。
「おそらく、香の原料か何かを食べさせられたんだろう。
効果は分からないが…まあ、君の様子を見ていれば大体察しはつく。
……そこでだ。」
乾はポケットから小さい魔法瓶を取り出した。
ちゃぷ、と音がしたことから、何か液体が入っているのだろうと幸村は思った。
「この特製ドリンクを飲んでみてくれ。
効果は俺が保証する。」
「本当かい?」
「ああ。俺が自分で試したからな。
飲んで暫くすれば、香の効力はなくなる。
ただし、これは俺が以前飲んだものの5倍の濃さにしてあるがな。」
幸村は乾から魔法瓶を受け取った。
「君は本当に凄いんだな。世話になってばかりですまない。
それと…真琴を助けてくれて、ありがとう。」
「俺は情報を教えただけだ。
…彼女は見た目以上に強いのだな。テニスも、それ以外も。」
乾はふっと微笑んだ。
いつも表情の読めない彼だが、今は肩の荷が降りたのか普段よりも穏やかに見える。
幸村が魔法瓶の蓋を開けようとすると、乾はそれを制止した。
「おっと。それじゃあ俺はこれで。
…少々臭いはきついが、よく振ってから全部飲むように。」
そういうと、彼はそそくさと出ていった。
幸村は首を傾げる。
(そういえば…こんな秘薬があるなら、もっと早く飲ませてくれたらよかったんじゃないかな。
こっそりドリンクに混ぜるとかして…。)
そう思いながら蓋を開けた瞬間、幸村はそうできなかった理由を悟った。
「…こ、これを……飲む…?」
中に入っていたのは深緑のどろりとした液体だった。
とんでもない刺激臭を放っている上に、少し煙が上がっている。
さっきとは違う汗がだらだらと体を伝った。
(…いくしかない。)
幸村はぐっと目を閉じ、覚悟を決める。
そして大きく息を吐くと、一気にそれを飲み干した。