「これは…。」
幸村のレシーブは、ラインより僅かに外側でバウンドした。
真田がベンチから身を乗り出す。
「驚いた。今のサーブ…。天澤は随分腕を上げたのだな。」
「ああ。かなりいい球だったな。」
柳も興味深そうに見守っている。
「びっくりした?」
真琴が照れながらそう尋ねる。
真田も柳も、真琴がここまで上達しているとは予想していなかった。
そして、彼女の成長を誰よりも喜んでいるのは幸村だ。
「期待以上だよ、真琴。…いや、侮っていたというべきかな。
本気を出さないと、失礼だよね。」
幸村は笑顔なのだが、身震いするような気迫を纏っていた。
真琴も負けていない。2人ともこの試合を心底楽しんでいた。
「3人がいない間に、私も頑張ってたんだよ。
見せてあげる。」
真琴が次のトスを上げ、サーブを放つ。今度は幸村も油断することなく、的確に返球した。
真琴もすかさずそれに応じる。
(なんて鋭く、無駄のない球…。プロの先生と比較しても遜色ないくらい。
流石は全国一のテニス部の部長だね。)
幸村のペースについていくことは出来ていたが、あまり真琴に余裕はなかった。
それでも、美しい所作でコートを舞うような真琴のプレーは幸村から見ても圧巻だった。
幸村は想い人としてではなく、一人のテニスプレイヤーとして彼女と対峙していた。
(最初のサーブ…たった一球で、俺に実力を認めさせてしまうなんてね。
さすがに予想外だったよ。)
それはもちろん、嬉しい誤算だった。
幸村はその強さから、本気を出して戦える相手が限られている。
それだけに、こんなところで本気を出せる相手に出会えるとは思っていなかった。
一瞬でも気を抜けば、取られる。
そんな心地良い緊張感に、幸村は全身の毛がぞわりと逆立つような感覚を覚えた。
「…はあ、はあ。もう無理…。」
真琴はコートにへたりこんだ。
幸村も息を切らしながらラケットを下ろす。
得点をカウントしてはいなかったが、両者とも点を取っては取られてを繰り返していた。
最終的にはやや幸村の方が優勢となる形で試合は終わっていた。
悔しそうにする真琴に、柳は持っていたタオルを差し出した。
「ふっ、ここまでやれてもまだ悔しがるのか。
本気の精市と渡り合える女子など、お前くらいだろうに。」
「そうそう。…なんて言うと、上から目線になってしまうかな。
でも、本当に強くなってて驚いたよ。
まさか真琴相手に本気でやるとは思わなかった。」
幸村が差し出してくれた手を取り、真琴は立ち上がった。
「みんなと一緒のレベルでやりたいなあと思って、頑張ってたんだけど…。
私が成長した分、みんなも先に進んでるんだって思い知らされちゃった。
精市くんはやっぱり強いね。私もまだまだ頑張らないと。」
真田はふん、と満足そうに腕組みをした。
「十分な実力だ。俺達が認めるんだ、自信を持て。
よく頑張ったな。」
「ありがとう、真田くん。」
幸村が彼女の成長ぶりを大いに喜んでいたのには、もう一つ理由があった。
彼女にこれほどの実力があれば、誰も文句は言わないだろう。
「真琴、もし良かったらなんだけど…。
俺たちのテニス部のマネージャーになってくれないかな?」
当初は、真琴を傍に置いておくためだけにマネージャーに就いて貰おうと思っていた。
だが、テニスの腕もトップレベルとなれば話は別だ。
今の真琴なら、レギュラー達の練習相手や指導も務められることだろう。
真琴といる時間が増えるだけでなく、部の練習効率も上げることができるなんて、これ以上の話はない。
問題は、部員たちに真琴の存在を円滑に受け入れてもらうためにはどうしたら良いかだが…。
その点は、幸村に策があった。
突然の申し入れに真琴はきょとんとしていたが、すぐに笑顔になって答えた。
「楽しそう!やってみようかな。」
幸村は申し入れを快諾してもらえたことにほっとした。
立海に女子のテニス部はないので、断らないだろうとは思っていたが。
「それはいいな。歓迎するぞ。」
真田と柳も、友人が部の仲間に加わったことを喜んでいた。
真琴が居るだけで、幸村には明日からの部活が俄然楽しみに思えてくる。
そんな自分があまりに簡単で、心の中で苦笑したのだった。