それは幸村がまだ幼いある日のことだった。
弦一郎と蓮二との3人でテニスをする約束をしていた幸村は、自転車でテニスコートに向かっていた。
毎週日曜日にお昼ごはんを済ませてからが、定番の集合時間だった。
幸村は子供用の自転車カゴにボールとタオルを入れて、うきうきと自転車を漕いでいた。
(今日は新しいサーブを試そうかな…。
2人とも驚くだろうな。)
ふふっと一人で機嫌良く笑う。
小さな段差を乗り越えようとペダルを漕ぐ足に力を込めた瞬間、テニスボールが一つ跳ねて転がった。
「あっ…。」
気がついた時にはもう遅かった。
ボールはコロコロとよその家の門をくぐり、庭へ入ってしまったのだ。
当時の幸村たちにとって、ボールは貴重なものだった。
いくらでも買っては貰えなかったので、それぞれのボールを持ち寄って大切に使っていた。
「もう!」
急いでその家の門の傍に自転車を停め、格子の隙間から必死に手を伸ばすが、後少しが届きそうにない。
ボールを拾おうと一生懸命になっていた幸村は、近づいてくる少女に気がつかなかった。
「…ねえ。」
「わっ!!」
視界の外から声をかけられ、思わず大きな声が出た。