20

「でも、どうしようもないの。

お父さんやお母さんにも何度も言ったけど、ダメだって…。」

丸井は聖良の背中を撫でながら暫く黙っていた。

温かい手。彼の手が触れたところから温もりが伝わってきて、身体の力が抜けたと同時に決意が少し揺らいだ。

丸井は静かに言った。

「…それならさ、逃げちまおうぜ。

2人で、どこか遠いとこに行っちまえばいい。

駆け落ちってやつだ。」

予想外の提案に、聖良はびっくりして顔を上げた。

丸井は目が合うと、安心させるように笑ってくれた。

一方的に別れを告げたのに、そうまでして一緒に居ようと言ってくれる彼の想いの深さに甘えてしまいたくなる。

でも彼はまだ中学生で、自分も高校生だ。

丸井が頼りないと思っているわけではないが、彼のお姉さんであった時の癖が、未だに自分を過保護にさせている。

彼を守らなければと、そう感じている。

聖良は目を閉じて、もう一度考えた。

…やっぱり、これが最良の選択だ。

結論は変わらなかった。

聖良は彼の額に右の掌を当てた。

そのまじないが使えるのは、一度きりだ。

「ブン太くん。やっぱり貴方に無理をさせるわけにはいかないよ。」

「無理じゃねえって!

それに、俺はお前と…。」

「…ごめんね。」

こんな辛い記憶は、消えてしまえば良い。

そうすれば、彼はこの先も苦しまなくて済むだろう。

「       」

その言葉を言うと同時に、丸井の体から力が抜けたのがわかった。

聖良は眠ってしまった彼をよろけながら抱き止め、近くにあった遊具の支柱にもたれるように座らせる。

次に丸井が目を覚ました時には、聖良に関する記憶を失っているはずだ。

疲れて公園で座り込んだら眠ってしまった、くらいに思ってくれればいい。

彼の目から涙が一筋頬を伝った。

聖良はそれをそっと拭って、公園を後にした。



まじないは本物であるが故に、相応の対価も必要だった。

丸井の記憶を消すのと引き換えに、彼女も丸井に関する記憶を失っていた。

公園を出て自宅に帰り、玄関のドアノブに手をかけた時、聖良はふと首を傾げる。

「…私、どうして公園になんて行ったんだろう。」

忘れたことすらも、思い出せない。

そこにはただ空白があるだけだった。




聖良の思惑通り、互いの記憶を失った彼らは、空白を抱えながらもそれなりに平穏な日々を過ごしていた。

…はずだったのに。

再び2人の道は交差した。

これは所謂、運命の悪戯というやつなのかな。

あの日のあの瞬間、全てを思い出した時、聖良はそう思わざるを得なかった。