咲ける場所




「卒業したらちゃんとお嫁さんに来てもらうからな!」



なんて眩しすぎる笑顔で初めて言われた日にはなんて返したらいいか悩んだものだった。小さく咳払いをしたジャミルくんが「カリム、」とそれとなくいなしてくれなかったら私はなんて返答していたのだろうと考える。


彼は生来誰とでも距離の近い人なのだろうと思ってあまり警戒をしていなかったのが悪かった。すんなりと懐に入り込んでは私以上に人懐こく接するものだからそれはそれはみんな彼を悪くいう人はいないだろうと言うのを実感した。

本当に分け隔てなく接してきて、裏表のない彼は“陰気臭くていいところ”なNRCには眩しすぎるほどだった。実際純金の装飾がまぶしかったし。

一緒に過ごすうちに「俺、お前のこと好きだ!」なんて言われた日にはひっくり返るかと思ったね。ジャミルくんは現にひっくり返っていたしね。泡吹いてた気がする。


とはいえ熱砂の国の大富豪の跡取りとの交際なんてすんなり決められるものでもなく。
自分のルーツに対して自分自身あまり誇れるものでもなかったために返事を保留し続けて今に至るのだが、彼の中で何がどうなったのかお嫁さん、という話にまで発展している。


あんまりにも明るく大きな声で言うものだから、学園公認の仲とまで言われて「多くは言いません、間違いだけはないように。相手がアジームくんじゃなかったら良かったのにブツクサブツクサ」なんて言う学園長にまで呼び出しされる事態に発展しているのは彼の従者は知っていても、肝心の彼は知らないだろう。


とはいえ、彼の底なしの明るやさ屈託のなさ、宝石のような綺麗な瞳に救われている自分もいる。
彼が平等に私に接する時、ルーツも出身地も何もかも忘れられたような気持ちになる。正直、惹かれていないと言えば嘘になる。絶対に言葉になんて出来ないけど。

別れ際にはいつももっともっとカリムくんに相応しい人がいるから、と言って聞かせるように務めた。その時のカリムくんがあんまりにも寂しそうな顔をするからこちらまで辛くなる。お願いだから、あなたには笑っていて欲しい。そう思うとカリムくんと過ごす時間を何となく避けてしまうようになっていた。




私の咲く場所は彼の隣のお日様がさんさんに降り注ぐ暖かで居心地のいい場所ではなくて、誰にも知られないゴミ箱の影が精々いい場所だ。
なんて飛行術の授業中、校舎を見おろせるくらい高い位置まで上り詰めた時に誰も聞いてないだろうとこぼしてしまった愚痴だった。


「あなたも自分を客観的に見ることなんて出来たんですね」

「随分な物言いだね、最高だよアズール」

「まあ、そこまで卑下するような要因もあるように思えませんが」


ゆっくり降りてくださいと必死にしがみつくアズールに言われた気もするけどそんなことはない。

高く飛べるようになったら楽しいよ、といいながら急降下と急停止を繰り返し、運動場に戻った頃には子鹿のように震えるアズールをジャミルくんが表情を変えずに見つめていたが私にはわかる。ものすごく喜んでた。さすがバイパー、ゲスすぎる。熱砂の国はファミリーネームがかっこいいなあなんて思っていたりもする。だってバイパーだよ。皆もなりたいでしょ?ユウ・バイパーだよ。



私のおかげでバルカス先生はやたらにアーシェングロットをやれば出来るじゃないかと褒めてその日の授業を終えた。

これで単位貰えるね!やったねアズール!と震えるアズールをフロイドとともに囲みわざとらしくはしゃいでいると背中に視線が突き刺さる。え、なに、リーチ兄弟のファンに殺される?1年生に熱狂的な女の子いたよね?と思いながら振り返ると、可愛らしく頬を膨らませたカリムくんがずんずん近づいてくる。


やばい、と思った時には時すでに遅く。グッと腕を掴まれたと思えば大きな目にキッと力を入れて「あとで話がある」なんて言うものだからさあ困りものだ。後ろ姿に“ぷんすか”という効果音がつきそうな歩き方でジャミルくんと鏡の間にむかっていく。


「あはっ、おもしろそ〜 ついて行っていい?」

「連れていきたいのは山々ですよ フロイドさん」

「ラッコちゃんも大概だけど、クリオネちゃんはアズールと仲良すぎだもんねぇ」

「契約ありきだからなあ」

「とはいえさぁ」


仮にも授業とはいえ箒に二人乗りで思い切り抱きつかれてるとか、俺なら絞めちゃうかも。とか言いながらマイペースにどこか行ってしまった。

小さくて地に足がついてなくらいふわふわしてるのに獲物をばくりと行ける凶暴さが私らしいとクリオネちゃん、と呼ぶ。そんなことした覚えはひとつもないのに。




運動場の片付けを終えてとぼとぼとスカラビア寮に向かう。ちょっと待って、私お付き合いするとも結婚するともお返事してないのに怒られるの?それって少し理不尽じゃない?

怒られるって確定した訳じゃないけれど、返事もしてなければ2人でしたことなんてほぼ無いに等しい。ご飯も、テスト対策も、合同授業も。いつもジャミルくんが居たし、スカラビアに招待される時はいつだって宴のときでたくさんの人がいた。特に隣に座るでもなく同じ時間を共有していただけ。どうしてこうなった、と言えばはっきりとお断りしていないことが原因だろうと自己解決をする。言ってしまえば自分の責任だ。曖昧にして、好意を向けてくれる相手を随分無下にしてたのかも、とすこし反省をしつつも だけど私返事してないもん!なんて言い訳をしながらスカラビア寮に繋がる鏡をくぐりぬける。

砂漠の夜は冷えるのなんて何度か経験してるけどどうしてこうも冷えるのか。遮るものが何も無い砂漠の乾いた風を受け止めながら寮内に踏み込む。

いつ見ても大きくて広い。ポムフィオーレも負けず劣らず大きくて広く、豪華な作りではあるがテイストが全く違う。柄も大きく複雑で、なによりまばゆい。ポムフィオーレ寮が輝く鏡面のような美しさだとしたら、スカラビアは潤沢な純金の照り返しと言ったところだろうか。つんと鼻腔を刺激するスパイスの香りや甘くてエキゾチックなお香の香りが異国情緒を告げている。


何度訪れても迷子になりそうだ、ときょろきょろ当たりを見回しているとご丁寧にお迎えがやってきた。


「こっちだ」

「うあ、おじゃましてます……」

「まったくだな」


相変わらずのポーカーフェイスでさくさくと歩いていくジャミルくんの背中を追う。先程まで料理をしていたのか、スパイスの香りがひときわ強く香った。


「……ジャミルくんはどう思ってるの」

「何が」

「カリムくんが、わたしにああなってるのを」

「面倒だなと」



打ち解けるうちに全く歯にものをきせぬいいようになったなと感心しながら後ろに着く。まったく後ろを振り返ることも無く端的に答える彼にらしさを感じながらにきょろきょろとして歩いているとぴたりと足が止まる。



「欲しいものはなんでも手に入ってきた側の人間だ」

「……」

「言いたいことはわかるだろう」



その横顔には愉悦が少しだけにじみでていた。隠せてませんよ、バイパーさん。なんて言ってみたものの綺麗に無視。ひときわ大きな扉の前で止まると終わったら呼んでくれ、とだけ言い残して立ち去る。ええ、気まず。

ノックって3回でいいんだっけ、熱砂の国では違ったらどうしよう。なんて思いながら軽く扉を叩いて「カリムくん、はいるよ」と声をかける。しばらく待ってみても返事がないけどどうしようか、なんて考えていると急に扉が開きぐいっと引き寄せられる。

へ、あ、と間抜けな声を出しながら力のかかる方向へ無抵抗に引き寄せられると部屋の主に思い切り抱きしめられていた。???と頭の中をはてなで埋めつくしていると後ろで扉が大きな音を出して閉まるのに続いてがちゃりという金属音が響く。もしかしてこれはあまり良くないのでは。


「カリムくん?」と声をかけながら顔を覗き込もうとするも、彼は首筋に顔を埋めたままピクリとも動かない。それどころか、腰に手を回してぎゅうっと苦しいくらいに抱きすくめる。


「か、りむく、くるしい、」

「……には、言ってなかった」

「なに……?」


徐々に力が抜けていくものの、依然とぴったり首筋に顔をくっつけたまま、体をぴったりとくっつける。アズールにはそんなこといってなかった。こもった声が鼓膜をふるわせた。

アズール?そんなこと言ってなかった?どういうことだと疑問をいっぱい浮かべているとそのままの形で私の体を抱え、ベッドに腰掛ける。必然的にカリムくんの膝に私が座る形になる。

意外と力あるんだなとか思ったより細っこくなかったなとか、アズールがどうとか考えていた。おずおずと顔を見ようとすると、もう一度首筋に顔を寄せる。


「アズールには、苦しいって言ってなかった」

「ぅえ……?」

「あんなにしがみついてたのに」



しがみついていた。……飛行術?飛行術の時のこと?と聞くとこくりと頷く。ああ、そういえば、そんなこともあったっけな。フロイドもそんなことを言ってた気がする。


ちょっと落ち着こう、と声をかけ白銀の髪を梳くように撫でる。お日様の匂いがしたような気がした。

ゆっくりと顔を上げたカリムくんはそれはそれは大層傷ついたような顔を見せて、大きなガーネットの瞳はほんの少しだけど腫れているように見えた。そんな表情でも、彼の顔は美しかった。指の腹で優しく瞳に滲む涙を拭う。

こんな状況じゃ、お付き合いしてなんて言えない。


「……嫌な思いさせて、ごめんね」


何度も伝えようとしたお付き合いしていませんの言葉は喉につっかえたように出てこなくて、口からすんなりとこぼれ落ちたのはごめんねという言葉だった。いつもはきりっと上がっている短い眉がへなへなと下がり、もう一度ムギュっと抱きしめられる。甘えたような、懇願するような涙声で「俺のこと嫌いなのか?」と尋ねられればもう否定なんてできなかった。優しく髪の毛を梳きながら首を小さく振る。


言いたいことも全て喉につっかえていえずに飲み込んだのに、「じゃあなんで避けるんだよーー!」と言いながらぽろぽろ泣き出してしまう始末だった。
2年寮長は赤ちゃんだ、なんて誰が言ったんだ。全くもってその通りじゃないか。ちょっとこれは可愛すぎるかもしれない。これが大富豪の跡取りというのはまことしやかに信じられなかった。



「…私には、勿体ないよ」



勿体ない、という言葉を聞いた瞬間、みるみるうちにむすっとした表情に様変わりした。本当に赤ちゃんみたい、表情がくるくると変わる。



「関係ない!」

「ええ…あるよ…」

「誰かが何かを言うなら俺がとーちゃんを説得する!」



それなら問題ないだろ!?とむっとした顔のままうんうんと大きく頷く。



「で、俺のことは好きなのか?」



あぇ、と変な声が出ること本日2回目。たらたらと嫌な汗を流しながら肯定する訳にも否定する訳にもいかずええっと、と口ごもって困った顔をしているとその更に上を行く困った顔のカリムくんに、ジャミルくんの言葉を思い出す。

『欲しいものはなんでも手に入ってきた側の人間だ』

入れてきたとは何一つ言っていなかった。手に入ってきたと。今なら深く納得ができる。自分の手に入ることを疑わないというのは少し違って、なんというのだろう。手のうちに入らざるを得ない状況にどんどん追いやられているような気もする。しかも本人は意図してやっていないのだからとても厄介。


大きな赤い瞳が不安に染まる。きっとお母様によく似た子なんだろう、とても可愛くて美しい顔が不安に歪んでいくのを見ると何とかしてあげなくては、という庇護欲に似たようなものが脳を満たしていく気がした。


「好きだよ!好きだけど!ちょっと結婚とかそういうのはまだ考えられないしおつきあ」

「ほんとか!?」


話したいこともそこそこにキラキラとした笑顔と明るい声色に全て塗りつぶされる。“結婚はまだ早いって言うなら俺は待つ!そうしたら恋人ってことだよな!ああよかった、ユウがちゃんと言葉にしてくれて!”なんて矢継ぎ早に言われてしまえばもう私の言いたいことなんてどこにもなかった気がする。カリムくんが笑ってるならとりあえずこの場はいいやなんて思えてしまった。なんなら酷く傷ついたあの顔を思い出して罪悪感を感じてしまうくらいには。


腰に回された手に少し力が入る。不意打ちで何度も口付けられれば本日3回目の変な声が止まらなかった。ああ、いつか絶対に話さなくちゃ。結婚だけは阻止しなきゃ。大富豪の正妻に私は似つかわしくない。間違いは絶対に起こせない。なんて思いながらたっぷりの愛を頬や額、唇で受け止め続けた。