05
「荒北が怪我して野球部を辞めたみたいだよ。」
数週間前から、荒北の様子が少しおかしかった。それに気が付いた名前は、悩み事か何かあるのか聞いたが、なんでもないと言われてしまう。
そして今日、朝教室に入って友達から聞いた。
あんなに楽しそうに話し、頑張っていた野球を辞めたなんて。荒北は今どんな気持ちでいるのかと思うと、名前には想像は出来なかった。
教室に荒北はいない。これから始まるHRには出ず、屋上へと向かった。
「荒北くん、いる?」
返事はない。そのままハシゴを登り、いつもの場所を除くと仰向けになって横になる荒北がいた。
「おはよう。今日は朝からここなんだね。」
そう言いながら、荒北の足元に座る。
「教室行ってもあんなんだからなァ。」
荒北の言うあんなとは、自分が野球を辞めた話しの事だった。
「辞めたんだってね。」
「アー、もう使いモンになんねーからネ。」
「…そんな言い方。」
「じゃーどんな言い方すりゃいいんだよ。」
起き上がった荒北の目は、どうにもならない怒りで名前を睨んだ。その目を見て、名前は何も言えなかった。
「なァに、お前、慰めにでも来てくれたわけェ?」
「…慰め。分からない。荒北くんのそばに居たいと思って…。」
「あぁ、同情か。」
同情なのだろうか、こんな時に何を言っても分かってもらえないし、名前も何をどう伝えればいいのか分からない。ただもし吐き出したい事があるなら、泣きたい事があるなら、その時そばに居たいとだけ思った。
「何黙ってんだよ。」
何も言えないまま荒北を見つめる。
「なんだよ、その顔。なんでテメェが泣きそうな顔してんだよ!テメェにそういう顔されっと、マジでムカつくんだよ!」
あぁ、私はいまここに来るべきではなかったと名前が思った時、荒北の手が伸びて胸倉を掴まれた。殴られるのかと目を瞑った。
「えっ…。」
「チッ…。もう、オレには関わるな。」
荒北は怒りで睨んだままの目でそう言うと、屋上を出て行った。
怒りのキスは、悲しく血の味がした。
2019.11.18