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荒北は、まず始めの1週間は残業や休日出勤などで全ての仕事を前倒しで終わらせ、次の週の水曜から有給を3日取った。
水曜日、実家に帰り、両親に話すと母親に酷く叱られた。こんなに真剣に叱られたのは、正直初めてだったかもしれない。
木曜日、本屋で赤ちゃんを迎える準備の本を、手当たり次第に買った。レジで少し…いやかなり恥ずかしかった。この日は、家に帰ってから買った本を片っ端から読んだ。
金曜日と土曜日、不動産屋に行った。2日目に読んだ本を参考に赤ちゃんを育てるのに環境のいい場所をまず第一に考えた場所をいくつも案内してもらった。その中で、荒北が気に入った場所も見つかり早速契約をした。名前も気に入ってくれるといいなと思った。
日曜日、引越し業者の手続きや今のアパートの解約手続きなどをした。
「なんとかなったなァ。」
とりあえず準備は出来た。これで名前を迎えに行き、もう私にはあなたは必要ない、と言われたら生きていけないなと荒北は笑った。
次の週の土曜日、荒北は名前の住む最寄りの駅まで来ていた。
「アァーヤベェ、手震えてきたァ。」
震える手を何度も握りしめ、紙に書かれた住所へと歩いて向かった。
電車の中では名前に伝えたい言葉をいっぱい考えた。後悔だけはしないよう、全てをしっかりと伝えたいと思っている。
名前のアパート前まで着いた荒北は足を止めた。あまりの緊張で手だけではなく足まで軽く震えるがきている。両手で両足の太ももをバンと叩いた。大学受験や就職活動でも緊張などした事は無かったので、自分は緊張という言葉とは無縁だなんて勝手に思っていた。
荒北は名前の部屋の前まで行き、一度大きく深呼吸をしてからチャイムを鳴らした。だが、何の返答もない。もう一度押すも同じだった。もしかして、拒否をされているのだろうかと不安になる。その時、アパートの階段を上ってくる足音が聞こえた。不審に思われるのは困ると思い、一度部屋の前から立ち去ろうとした時
「なんで…?」
眼鏡をかけ、肩には買い物してきただろう野菜の入ったエコバッグを持ち、お腹に膨らみをもった名前が立っていた。
荒北は無意識に名前に駆け寄りそのまま抱きしめた。優しく覆うように。
「名前、ごめん。好きだ、忘れらんねェ。名前、すげェ好きなんだ。離れたくねェ。」
荒北は声を震わせながらも名前に必死に伝え続けた。この気持ちが届けと願いながら、何度も何度も声に出して。
「靖友………私も、大好きだよ。」
そう言って名前の手が荒北の背中を抱きしめた。
「ありがとう、靖友。」
名前の部屋に入ると
「冷蔵庫にしまっちゃうから、ちょっと待ってて。」
と言われ、荒北はテーブルとベッドの間に座った。
「ごめん、ベプシなくて…。」
そう言って出されたのはコーヒーだった。
「コーヒーってダメなんじゃねェの?」
「よく知ってるね。」
「本で読んだ。」
「そうなの?これはカフェインレスだから大丈夫。でも靖友には物足りないかも。」
と名前は笑った。
「生物や生卵もダメなんだろ。妊娠糖尿病にも気をつけなきゃいけねェし。」
「うん。」
「玄米やブロッコリー、かぼちゃは体に良くて、麦茶は温めて飲むといいんだろ。」
「うん、凄いね。」
「毎日読んでたからな。」
「そうなんだ。でもさぁ…靖友の子じゃないよって言ったら…どうする?」
片付け終わった名前が振り返り、真っ直ぐと荒北を見つめて言った。
「どうもしねェよ。普通に考えりゃオレの子だろ。」
「うーん、そっか。じゃぁ、子供が出来てなかったら、靖友はここに来てた?」
「確かに、子供の話がきっかけにはなったヨ。別れる話をした時のオレは、不安と嫉妬で狂いそうになる自分が怖くてそうなる前に逃げた。でも別れてから、毎日後悔ばかりしてた。名前に好きだって言われた事なかったって言われて、オレその時初めて知ったんだよ。いつも思ってたから言った気になってたけど、名前も不安だったんじゃねぇかって。」
いくらトラウマがあるからと言って、自分の事しか考えてなかった事に気が付いた。
「恋愛に関しては、本当自信なんて全く持てねェオレだけど…名前の事、大好きなんだ。名前とこれからもずっと一緒にいてェ。だから…オレの家族になってくんねェ?」
名前は眼鏡を外し、顔を覆っている手にはいくつもの涙の筋が伝っている。震えてうまく声が出せない名前は、何度も首を縦に振った。
荒北も我慢しきれなかった感情が涙に変わって溢れてきた。そしてキッチンに立つ名前に、荒北は自分の顔を隠すように名前の肩に顔を埋め優しく抱きしめる。
「ホント、にィ?オレで、いいのォ…?」
「靖友が、いい…。」
荒北は顔を上げ名前を顔を覆っている手を外した。お互い涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て笑った。
「靖友、大好きだよ。」
目一杯の笑顔を荒北に向けると
「ウン、オレも。大好きだ。」
荒北も同じく目一杯の笑顔で答え、優しいキスをした。
2020.08.25