08
新開から聞いた日の夜、荒北は珍しく自分から名前へメールをした。
『新人大変らしいな。しかも男?』
なんだか、ヤキモチを焼いているような文章になってしまったのではないかと送った後に少し後悔した。
しばらくして名前から返信があった。
『あれっ?男の子って伝えてなかったっけ?すっかり言った気になってた。もう大変。遅刻はするし、話は聞かないし、気がつくといなくなってるし。隼人くんが、まなみくんって子みたいだって言ってた。』
荒北はメールを読んで、それは大変だろうなと思った。
『ゆっくり休めよ。』
『ありがとう、もう少ししたら帰るつもり。』
まだ会社にいるのかと、時計を見ればもうすぐ0時になろうとしている。バスも終わり、どうやって帰るのかと聞けば、歩いて帰れる距離だと返事がくる。 名前の住む場所はバスで20分程の場所だ。
『会社出る前に連絡しろ。』
そうメールをし、荒北は急いで上着を羽織り、自転車を担いで部屋を出る。この時間なら、車も少ないので名前の会社までなら10分程度で着く。
名前の会社前に着いてから5分もしないうちに
『これから帰るよ。』
とメールが入った。他の社員と一緒に出てくるかもしれないと思い、正面入り口から少しずれた場所で荒北は名前が出てくるのを待つ。
メールから少しして名前がひとり会社から出てきた。荒北が名前を呼ぼうとしたところ、名前の後ろから走って追いかける男が目に入った。
「苗字さん、待って下さいよー。」
「お疲れ様。また来週ね。」
「ご飯でも食べて行きましょうよー。」
「さっきご飯食べたでしょ。」
「飲みながら少し話しましょうよー。」
「仕事終わってまで話す事はないし、早く帰りたい。」
「帰り、俺がタクシーで送りますからー。」
男は名前の腕をグッと掴み、名前を引き寄せようとするが、名前は足に力を込め動かない。荒北は、はっとしてこのやり取りをなんで黙って見ているのだと思い、名前に声をかける。
「名前。」
名前は荒北を見つけると、満面の笑みで
「靖友!」
と駆け寄ろうとするが、腕を掴まれたままで動けない。荒北が名前に近づいていくと
「来てくれたの?」
「ん、もう遅せェしな。」
「嬉しい、ありがとう!わっ、その自転車、やっぱりカッコいい!」
名前は荒北が持つ自転車を見て喜んでいる。
「……んでェ、いつまで腕つかんでんのォ?」
荒北は男に目を向けると名前が紹介をした
「この子が新入社員の斉藤くん。斉藤くん、いい加減、手離して。」
斉藤に手を離すよう伝えると、素直に手を離し荒北に向かって
「どうも、いつも苗字さんにはお世話になってます。」
とニコニコしながら言った。
「ふーん、名前、帰るぞ。」
「新開さんが言ってた苗字さんの彼氏さんてアナタですか?」
「そーだけどォ?」
「俺苗字さんに一目惚れしたんです。これから全力で落としにかかります!」
「はあぁぁぁ?」
思わず荒北と名前の声が揃った。
荒北はその突然の言葉に驚き、また名前はなんてバカな子だと呆れた。
「あのさ、あんたは今研修中の身なの分かってる?まだあと2ヶ月半もあるんだよ?今だって遅刻やサボりで学生気分抜けてないあんたに、全力で落としにかかりますって言われたって100%落ちない自信あるから。そんな事より、ちゃんと社会人としての知識を身につけて。私はその為の教育係だから。」
お疲れ様と最後に言うと荒北の手を引いて歩き出した。
「お前、何気にモテんのォ?」
呆気にとられていた荒北だったが、ふと不安がよぎった。
今まであまり気にした事はなかったが、確かに名前は特別美人という訳ではない。可愛いとは思う。だが顔に似合わず、はっきりとした物言いは好感が持てる。
「モテるわけないじゃん。」
「アッ、ソォ。」
「あーなんなの!本当にムカつく。何しに仕事しに来てんだよ。」
「名前チャン、お口悪くなってるわヨォ。」
名前は、はっと口に手を当ててごめんと言う。
「あのね、まあ心配はしてないとは思うけど、絶対ないから。あのバカに惚れるなんて事、1000%ないから!そして私はモテない。」
「1000%って、小学生かヨ。」
不安に思ってもしようがない、名前の事を信じようと荒北は思うしかなかった。
「なぁ、明日は休日出勤あんの?」
「明日は休みだよ。今日なんとか終わらせたから。明日、どっかデートする?」
「んーそれもいいけど、オメェ顔疲れてるし。」
「えーせっかくの休みなのにさみしいなぁ。」
「だァから、オレんちの方が近ェし、泊まってけばァ?」
「えっ……い、いいの?」
「おっ、おぉ。」
途中コンビニで買い物をし、荒北の家へと向かった。
2020.03.16