03




稲荷崎高校バレー部は、今日の部活動もいつも通りに終わり、普段ならこの後、各々が自主練に入るところを、オーバーワーク気味であり体を休める事も大事な事だと、監督から本日自主練禁止令が出た為、片付けを終えた1年生は最後に部室へと戻った。

「あー体動かし足らん!サーブなんか掴めそな感じやったのに!」
「侑って動きが小学生だよね。」

地団駄を踏んでいる侑を見て、角名は呆れたようにそう言えば、隣で着替える銀島も笑って同意した。治はというと、ベンチに座り頭を下げたまま動かない。

「治は、何ヘコんでん?」

銀島は、振り返り治を見た。同じくチラッと治を見た侑が銀島に違うと言った。

「ちゃうわ。こいつ、ただ腹減ってるだけや。」
「………せや、俺はいまモーレツに腹が減ってる。ツムのせいでな!」
「はあ?俺は関係あらへんわ!」
「はぁぁ?!昼、俺のパンいっこ食ったやろが!」
「……食っとらん!」
「あ、食べたんだね。」

治は侑に掴みかかる勢いで立ち上がるもすぐに床に膝を付けた。

「あかん…腹減りすぎや…。」

そこまでかと角名は呆れながら、自分のカバンの中からひとつパンを取り出した。

「治、これで良ければ食べなよ。」

パッと顔を上げた治の目は、先程までの絶望から一転、こんな所に神様がいたのかと言わんばかりに目を輝かせた。治もやはり侑と同じDNAの持ち主なのだなと角名は心の中で笑った。

「サム!!」
「喧しいわ!ツムにはひと口もやらん!」
「ちゃうわ!名前や!15分前!メール!助けてて!!」

治と角名のやり取りの間に、着替え終わり携帯のチェックをしたのだろう侑の顔は険しく、慌てて荷物を持って部室を出る。治もジャージのまま、荷物だけ持ち侑の後を追って出て行ってしまった。何かあったのであれば、人は多い方がいいと思い、ベンチに置かれたパンを角名はカバンに入れ、銀島と一緒に追いかけた。

前を走る侑は、電話をかけているのだろうか、携帯を耳に当て、その直ぐ後ろを治が追いかけ、少し離れて角名と銀島が追いかけている。

「学校か?学校の前?友達名前おるんか?!とにかく待っとれ!すぐ行く!はぁ?もう着くわ!」
「ツム!名前は?名前はどうなんや!」
「意識ある!」

侑は握った拳がさらに強くなる。名前が助けてと送ってきた。倒れたのだろうかとかなり焦ったが、電話に出た名前の声はいつもと同じだった、いや、少し慌てていた様にも感じた。名前は、大丈夫だから来なくていいとはっきりとした声を聞いて、その声に少しの安心は持ったが、すぐに大きな不安が飲み込んでしまう。それは侑だけではなく、治も同じ思いで、ただ必死に走った。
そのまま走り続けると、この辺りでは立派過ぎる外壁が見えてきた。名前が通う女子校のものだ。角名も銀島もまさかこんな形で来るとは思ってもみなかった。

「おった!名前!!」

侑の声に、後ろを走る三人も校門から少し離れた場所に立つ五人を視界に捉えた。侑達に気が付いた名前は、他の四人に頭を下げている。その四人の中には、友達名前もいた。侑も治もしっかりと立つ名前を見てホッとしたが、見知らぬ男にマックスで苛立つ。

「おい!何しとんじゃ!お前らぁ!名前に何したぁ!」

名前を背に隠すように侑が間に割り込んだ。治は、友達名前の前に立つ。角名と銀島もすぐ傍に立ち、名前を見ると、侑のシャツをグイグイと後ろへ引っ張っている。

「侑、違うの。助けてじゃなかったの。間違えたって送ったのに。」

名前の表情は焦りなどまったく出ていないが、声色が必死さを伝えてはいる。侑も治も違った意味で必死になりすぎ名前の声が聞こえていないのか、双子より少しだけ背の低い、見た事のない制服を着た男子高校生三人を威嚇している。友達名前は、呆れたような顔でため息をついていた。

「ほら双子、いったん落ち着きなよ。」
「あだっ!なんで俺が叩かれんねん!」

侑は頭を叩く角名を睨みつける。

「なんでここに宮がおるん?」
「はぁ?なんで俺の事知っとんのや。」
「いや、俺も中学でバレーやっとったし、お前ら双子有名やったやん。」
「ほぉ。そんな有名やったんか!なんや照れるやないかい。なあ、サム。」

満更でもない顔を治に向ければ、ギロリと侑は睨まれる。

「そんなんどーでもええ。名前らに何したんや。」

治は、また目の前の見知らぬ高校生を睨みつける。侑もまたそうだったと思い出したように、治と同じ顔をした。そこで、侑の背中にどんっと衝撃が走った。驚いて振り返れば、どうやら名前が侑の背中を叩いたようだ。

「侑、治、聞いて。助けてじゃなかったの。すぐに間違えたって送ったの気付かなかった?」
「…は?…あ、あー…そーいやなんか書いてあった気するけどぉ…。」
「違ったの。この人がね、友達名前に用があってわざわざ学校まで来てくれたの。私が勘違いして、友達名前が連れてかれるんじゃないかって思っちゃったのが悪かったんだけど…。」

名前は、その男子高校生に本当にごめんなさいと頭を下げれば、男子高校生三人も何度も謝らないでくれと困ってしまっている。角名が結局はなんだったのかと聞いた。

「いや、あの…あー。」

なんとも歯切れが悪いのだが、恥ずかしいような困ったような顔を相手がしていたので、角名はピンときてしまった。

「あー、分かった。」

そう角名が言えば、侑も治も銀島も何のことだかさっぱり分からないといった顔をした。

「それで、もう終わったの?」
「えっと、あと最後のシメというかぁ…。」
「ああ、りょーかい。このアホ達連れてくわ。」
「すまん。」
「こっちこそ、邪魔して悪かったね。」

角名は、双子を引っ張っていく。離せと喚くが煩いとピシリと言えば、仕方がなく角名に引きずられながら歩きだした。その後ろから、銀島と名前も付いてきた。銀島が本当に離れても大丈夫なのかと途中振り返ると、先程いた場所には友達名前と男子高校生ひとりだけが残っていて、そこでやっと銀島も気が付いた。

「なんやねん。」
「本当二人は鈍感なんだね。」
「どーゆー意味や!」
「ほら、見てみなよ。あーゆーの、見慣れてるでしょ。」

角名に言われ、双子が振り返る。マジか、嘘だろと双子は驚ろき目を見合わせている。銀島は、あの女の子は誰なのかと聞いた。

「いとこや。家が近所でな。」
「いとこか!なんやお前んとこの家系、腹立つわ。」
「なんでや!」

宮兄弟がイケメンだと言われるように、友達名前もすらっと背も高く、目鼻立ちもはっきりとした美人だ。

「侑達は知らないと思うけど、友達名前は中学の時も結構告白とかされてたんだよ。全部断っちゃってたけど。……私の、せいで…。」

最後の言葉はあまりにも小さく、誰の耳にも届いていないようだった。

「マジで?あのボーリョク口悪女が?」

侑とそっくりなんだなと角名は思った。でもその言葉に対し、名前は違うと顔を横へと振った。とても明るく優しく温かい人だから、男女共に好かれたり慕われていたと言った。それであの顔立ちならさぞモテるだろうと銀島は思った。

「あの男の子ね、中学のバレーの試合で一目惚れしたんだって。中学違うし、どこの高校行ったのか分からなくて、諦めようと思ったけど諦めきれなくて、一生懸命探したみたい。」
「なんやそれ、ストーカーやん。」
「…………バカなの?」
「はぅ!名前、それはあかん。バカはあかん。」

名前は、胸を抑えて苦しむ仕草をしている侑を見て、ため息しか出なかった。銀島は、ふと名前を見て、疑問をぶつけてみた。

「名前ちゃんは?」
「?」
「おい、名前の名前勝手に呼ぶな。」
「プッ、侑、器の小さい男は嫌われるよ。」

角名に笑われた侑は、煩いと言ったが、治にお前の方が喧しいと言われてしまう。

「君もモテそうやん。」
「私は、モテません。」
「そうかぁ?なんかふわっとしててかわええし、俺めっちゃタイプやけ…イッ!アダッ!」

銀島の両脇は、侑と治のパンチを食らい痛みにうずくまってしまった。
そういえば、と名前は角名と銀島に顔を向けた。

「角名さんと銀島さん、ですよね?少し前にお会いしましたよね。」

呼ばれた二人は、まさか名前から名前を呼ばれるとは思っておらず、ピクリと体を揺らした。

「あの、私の勘違いのせいでご迷惑おかけしてごめんなさい。あと、侑と治について来てくれて、ありがとうございました。」

そう言って頭を下げた。何もなくて良かったといえば、名前はまた口元が弧を描いた。前回会った時に見たその笑顔と全く同じであるはずだが、今目の前にいる名前に対して、印象は変わった。

「侑と治も、ありがとう。」
「何もしとらん。」
「俺は、名前にバカ言われた…。」
「侑、しつこい男はモテないみたいだよ。」
「名前が冷たい。」

終わったみたいだと銀島が言うと、侑と名前は走って友達名前の元へと向かった。侑は、友達名前に何か言ったのだろう、友達名前の素晴らしい蹴りが侑のお尻に決まった。一瞬の出来事だった。

「おーいい蹴りやん。」
「あんなんあいつにとっちゃ、日常茶飯事やからな。…腹減って倒れそうや。」
「あ、パンならちゃんと持ってきたから。食べなよ。」

治の目がまたキラキラと光だし、神様仏様角名様ありがとうとよく分からないお礼を伝え角名から受け取ったパンを勢いよく頬張った。両頬を膨らませた治が一瞬真顔になり、ボソリと呟いた。

「無事で良かった…。」

そしてまた残りのパンを嬉しそうに頬張った。




2022.09.28




monoGatari