16:本心と哀しみ



「名前ちょっといいですか?」

薬草を取りに行った数日後、しのぶ様から声をかけられた。

「はい!どのようなご用でしょう?」

「この薬を不死川さんのところに届けてほしいのだけど」

すっと、目の前に紙袋が差し出された。
実弥さんとは先日の宿で会ったっきり、その後は会っていない。
なぜ私に?とも思ったけど、正直実弥さんに会えるのは嬉しいので、「はい!」と返事をした。
しのぶ様は笑顔のまま紙袋を手渡し、気を付けてねとまた屋敷に戻っていった。


やっていた仕事もそこそこに、紙袋を抱えて実弥さんのお屋敷まで急ぐ。

昼間だったらいるかな。

いなかったら、隠の方に薬を渡すだけで、終わってしまうかもしれない。

それはさみしい。

顔を見たいな。

自分が欲張りになってることが、恥ずかしかった。



風柱様の屋敷につくと、屋敷の門は開いていた。

「お、お邪魔しますー」

恐る恐る覗き込むが、近くには誰も居ないようだった。

「どなたか―「だからー!その後どうなのかって聞いているんだよ」

急に大声が聞こえて私は驚きながら、声の聞こえるほうに進んだ。
縁側に座って話す実弥さんと音柱様と冨岡さまの姿が見えた。

「あの―「あの名前っていう子か」

声をかける前に冨岡さまの会話に自分の名前が出て、思わず物陰に身をひそめる。
盗み聞きなんて、なんだか悪いことをしている気分だったが、気になる気持ちに勝てず。
何の話をしているんだろう。

「だからァ!!何度もいってんだろォがっ!!何もねぇって!!」

実弥さんは怒鳴り散らしている。

「またまたー!こっちは情報つかんでるんだぜ!派手に一緒に泊まったらしいじゃねーか」

「そうか、二人はそんな仲だったのか」

「だっ、かっ、らァ!!!」

大きな怒鳴り声が聞こえた後、はぁ、と実弥さんのため息が聞こえた。

「・・・何度も言うが、俺は名前とそういう関係になる気はねェ」

ぼそりとした声だったが、私にもしっかりと聞こえた。

体が固まったように動かない。

心臓がつかまれたように痛い。

思わず、胸あたりをギュッと抑えた。

眩暈がした。

ちょっと仲良くなったから、私は調子に乗っていたのかもしれない。

胸が苦しい。うまく息がはけない。


聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、慌てて立ち去ろうとした。
が、くらりとよろけたせいで後ろ手にあった扉に手が当たってしまった。
日頃の運動不足を恨む。
音に驚いてこちらを見た三人と目があった。

「・・・名前」

驚いた顔の実弥さんの顔は、すぐに曇ってしまった。

感情がぐちゃぐちゃで自分がどんな顔をしているか、わからない。

すぐに顔が見れなくなって、私はうつむいた。

「・・・これ、しのぶ様から。風柱様に、届けてくれって」

絞り出すように言うのが精いっぱいだった。

「名前」

もう一度名前が呼ばれたけど、怖くて顔が見れなかった。

「ごめんな」

あの宿に泊まった日、気のせいかと思った声を思い出して、弾かれたように顔を上げた。
実弥さんは悲しそうな顔で私を見ていた。

違う、違う、そんな言葉をあなたに言ってほしいんじゃない。

そんな顔をあなたにしてほしいんじゃない。

「・・・あなたに笑っていてほしいです、ずっと」

その横に立つのが私じゃなくても―。

そういうと実弥さんは驚いた顔をした。

私はそれだけ言うと、薬をすっと地面に置いた。

「失礼いたしました」

そういって頭を下げて、逃げ出すように屋敷を後にした。


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