17:すれ違いと涙



あれから家に帰って大変だった。

もう仕事に戻る気にはならなくて、家に帰って布団に倒れこんだ。

体が鉛のように重い。

ふと気づくと枕が濡れていて。

涙は止まらないし、心臓は痛いし、息は詰まるし。

ああ、私、実弥さんのこと、本当に好きだったんだなぁって。

思いも伝えられず終わる恋なんて、最悪だ。

でも、今は少しでも痛みが治まるように、胸を押さえて布団にもぐるしかなかった。

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あの日から数日経つが、気分は晴れないままだけど。
いつまでの引きずっていてもしょうがない。

私には私のできる事をしよう!!

と、くまが出来た目で薬園の仕事をしていた。

正直すぐに立ち直れるものじゃないけど。
家の中にこもっているほうが、考えこんでしまう。
外で体を動かしているほうがまだ、気がまぎれる。


寒くなってきて、草は枯れ、樹も葉を落としてしまうものも多い。
寒々しくなっていく薬園をみて、私もなんだかさみしくなった。
冬の間に春までの準備を進めることにする。

今のうちに足りない農具を町に買いに行こうかな。

いい気分転換になるかもしれない。

そう思い立った私は、しのぶ様に出かけることを伝えにいった。

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相変わらず町は騒がしい。
たくさんの人が行きかい、活気があふれている。
私の気持ちとは裏腹な光景に、人酔いしそうだなぁとぼんやり思う。
人をよけながら、お目当てのお店を探す。
さて、いつも行っている金具屋はどこだったかな。
あまり町にくることがないからおぼろげな記憶をたどりつつ、あちらこちらと探し回った。
数十分後、いつも訪ねる金物屋の看板を見つけほっとした。

中に入ると久々に尋ねた金具屋のおじさんは私をみて、やぁ久しぶりと声をかけてくれた。
年に数回訪ねるだけなのに、顔を覚えていてくれたことがうれしい。

「相変わらず鬼狩りさまとこで勤めてるのかい」

「はい」

「鬼狩りさまの役に立てるなら嬉しいねぇ。今日はどんなものが必要だい?」

錆びてしまったものや、新しく買い揃えたいと思っていた鋏など一通り買いたいものを買う。

「毎度!」

おじさんに軽く手を振って別れた。
今日は前からほしいと思っていた枝切り鋏が手に入った。
ついてるなぁ、と腕の中の戦利品を見つめてほくほくと一人微笑む。



さて帰ろうと、視線を上げると人だかりの中に見知った銀髪を見つけた。

時が止まったように、その人だけが鮮やかに瞳に映る。

『さ、ねみさん』

一瞬で、心がかき乱される自分が憎い。

見つけなければいいのに、自分の目ざとさに嫌気がさす。

彼はこちらに後姿を向けているので、表情はうかがえない。

もちろん私のことなど気づいていない。

着流しを来てるから今日は非番なんだろうか。

気づかれてないことをいいことに、じっと見つめる。


元気そうな姿に安心している自分がいた。

近くに行きたい。

話しかけたい。

湧き上がる気持ちと裏腹に先日の言葉を思い出し、目の奥が熱くなった。



その時。

思わず目の前の光景に息をのんだ。

実弥さんの横に髪の長い女性が近寄ってきたから。

何かを話しかけている。

横顔しか見えないけど、女性は何かを伝えて微笑むと彼の手を握った。


一瞬だったと思う。


けど、固まってしまった私には長い時間のように思えた。

そのまま女性は実弥さんの手を引っ張って、実弥さんはつられてお店に入っていく。



私。

そういえば、実弥さんに大切な人がいるかなんて聞いてないや。

私。

大きな勘違いをしてたんだ。

彼には隣に立つべき女性がもういたんだ。

『ごめんな』

以前の言葉がまた思い出されて、心臓がつねられたように痛い。

自分の自惚れが恥ずかしくなる。

彼にとって、私との事はちょっとした戯れにすぎなかったんだなぁ。

零れ落ちそうな涙が溢れないように上を向きつつ、踵を返して薬園に戻った。

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ぐずぐずと泣くのは嫌いだ。

以前も兄にも、泣いていても何も解決しないと正論を言われた。

わかってる。

頭ではわかっているのだ。

泣いたってどうにもならないと。

自分ではない誰かが実弥さんにはいた。

認めればたったそんな事実一つなのに。

でも、心の痛みは自分では止められない。

痛い。苦しい。

自分の気持ちを扱いきれないなんて初めてだ。

雪が降り出しそうな中、薬園の仕事をしながら、涙をこぼしながら思う。

今日は天気が悪く、空に暑い雲がかかっている。

寒くなってきて、かじかむ手を必死に温めながら作業する。

冷たくなった自分の心も慰めながら。

今だけは馬鹿になってしまった瞳を休ませることをせず、空を見上げた。.


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