19:兄と体調不良
体調のすぐれない日が続く中、私は蝶屋敷に来ていた。
今後植える予定の植物の相談をしよう、としのぶ様と約束していたことを思い出したのだ。
「しのぶ様、すみません。お話してた薬園のことなんですが」
部屋の中に入ると暖かい空気と消毒の匂いが私の鼻をくすぐる。
笑顔で迎えてくれたしのぶ様は、私の顔を見るや急にずいっと顔を近づけてきた。
そして顔が曇る。
「名前、体調が悪いのではないですか?」
「え?」
確かに最近は寝つけないし、胸は痛いし、ぼーっとしてることは多いし。
でもその原因はわかっているし、仕事に支障が出ているように見えたのかと気恥ずかしく思った。
「いえ、そんなことはありません」
否定する私の額に、しのぶ様の手がぴたりと当てられた。
「!やっぱり、熱があるみたいですね」
「え?」
「顔が赤いですし、今日は蝶屋敷に泊まって療養してください」
「いやいや、そんなわけには」
慌てて離れようとしてふらついた。
「名前!?」
しのぶ様が慌てて抱きとめてくれる。
抱きしめられて申し訳なく思いながらその暖かさにとても安心した。
ああ、体がふわふわする。
私はそのまま意識を手放した。
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「名前、名前―」
何度もおぼろげな意識の中で誰かが名前を呼んでいる。
もうちょっと寝たいのに、誰?
重たい瞼を上げる。
ぼんやりと目の前に心配そうな顔をしている人がいる。
「名前っ!」
強く呼ばれて意識が戻ってきた。
ここは―。
蝶屋敷の病室の天井が見える。
気づけば病室に寝かされていたようだ。
体が重く、頭が痛い。動けない。
視線だけを動かして、ベッドの横に座っている人に目を向けた。
「・・・・苗字さま」
兄だった。
名前を呼ぶと、兄は安心したような心配そうな微妙な表情を浮かべた。
「・・・倒れたと、後藤さんに聞いた」
ああ、後藤さん、さすが情報が早い。
なぜ、兄にそのことを告げたのかは疑問だったけど。
体調悪くして、また怒鳴られるのではと体を固くして身構える。
「すごく、心配した」
兄の口からでてきたのは思ってもいない言葉。
驚いて兄をみると、視線を落としているが苦笑いのような表情を浮かべていた。
「名前がもう起きないのではないかと思って、怖くなった」
私は体が丈夫なのが取柄で、家にいた時もほぼ体調を崩したことはなかった。
それに薬園に来てからもそうだ。
いつも体調だけは、と気をつけていたし、蝶屋敷でお世話になることなんてなかった。
心配そうな様子の兄に私はどんな顔をしていいのかわからなくなった。
今まで、ずっと嫌われていると思っていた。
急に心配するなんてどうしたんだろう。
「心配させて申し訳ありません、苗字さま」
そう絞り出すようにいうと、兄は苦笑した。
「・・・悪かったな、ずっと辛く当たって」
急に謝る兄に驚いた。
「我が家に生まれた宿命だが、ずっとお前に刀を握らないでほしかった」
「え?」
初めて聞く話だった。
暗い表情のまま、兄はつぶやくように言葉を続ける。
「初めて鬼と対峙した時、私はその恐怖に震えたんだ」
「名前には絶対にこんな思いさせたくないと思った」
「お前が呼吸を使えないとわかった時、私はすごく嬉しかったんだ。最低だろ」
泣きそうな表情の兄になんと声をかけていいかわからない。
「お前が、この家から離れればいいと、鬼殺隊と縁のない場所で生きていければいいと」
「離れるように辛く当たったが」
あまり意味がなかったな、とつぶやく。
何時も威圧的で怖かった兄の姿はそこにはなかった。
兄の表情は、とても暖かくて。
「苗字さま・・」
「名前」
寝たままの私を彼は布団ごと抱きしめた。
「以前のように呼んでくれないか」
「・・・・にいさまっ!」
喉が腫れて声がかすれていたけど、呼ぶと涙があふれてきた。
ずっとずっと呼びたいと焦がれていた。
ああ、私は嫌われているわけでなかった。
いつも小さいころ私の手を引いて一緒に思い出を作ってくれた兄は幻でなく今目の前にいる。
抱きしめられながら、ずっと涙が止まらなかった。
MONOMO