22:誤解と叫び



次の日、私は薬園の植物の相談で胡蝶屋敷を訪ねていた。

「お邪魔します、しのぶ様」

「名前、ごめんなさい。ちょっとそちらにかけて待っていてくれる?」

昨夜は鬼の討伐があったのか、たくさんの隊士が蝶屋敷には訪れていた。
居心地が悪いながら、しのぶ様に言われるまま、診察室の中の椅子に腰かける。
目の前で手当されている隊士の腕に包帯が綺麗に巻かれていく様子をじっと見つめる。

いつも思うが、しのぶ様は手際に無駄がない。
素敵だな、思っていると、包帯を巻き終わったしのぶ様は隊士にもう大丈夫ですよ、と告げこちらを向いた。

「話していた苗植えの件なんですが―」

話始めたと同時に、何やら廊下が騒がしい気がしてふと顔を上げた。
同時に診察室の扉が開いてアオイちゃんが怒って入ってくる。

「だから!!ちゃんと治療を受けてくださいっ!!」

至極、面倒臭そうな顔の実弥さんを連れて。

「こんな傷、大したことねェって」

「あらあら、騒々しいですね」

「しのぶ様からもしっかり治療を受けるよう言っておいてくださいねっ!!」

念を押すようにしのぶ様に告げて、アオイちゃんは扉を強く閉めて行ってしまった。
閉まった扉を見て、心底嫌そうな顔で実弥さんはこちらを向いた。

「!名前」

私がいたことに気付いた実弥さんは目をそらした。
前回の風柱邸での一件があってから、お互いが顔を合わすのは初めてだ。
私もこの間のように心臓が締め付けられて顔をうつむける。

空気が重い。

「もしもーし。不死川さん?診察しますからこの椅子に座ってください」

しのぶ様は相変わらずの笑顔で、診察台に無理やり実弥さんを座らせた。

「名前、ごめんなさい。ちょっと立て込むからまた後日話をしましょう」

「はい。また伺いますね」

にこりと微笑まれ、私もしのぶ様に微笑み返す。

「失礼しました」

扉で一礼すると部屋を出た。

早足で玄関まで急ぐ。
手元にあった植物図鑑を握る手に汗がにじむ。
しばらくは実弥さんと顔を合わすこともないだろうって思ってたから、すごく油断していた。
久しぶりに会うと、早鐘になる心と、痛くなる心で苦しくなってしまう。
しのぶ様にも変な風に思われていないといいなと思いつつ玄関に向かう。

「名前!!」

「さ、錆兎・・」

蝶屋敷の玄関に錆兎と真菰の姿を見つけた。
昨日の今日なので驚いていると錆兎が私に近づいてきた。
ギュッと手をにぎると「会いたかった」と満面の笑みで言われた。
真菰をみると、目が。目が死んでる。
慌てて手を振り払って、真菰に近づいて尋ねる。

「まだ治ってないの!?」

「うん・・・だから今日しのぶ様に見ていただこうと思ったんだけど・・」

「名前。薬園にいないから探したぞ」

さぁ、一緒に甘味でも食べに行かないか?と錆兎は言っているけど。
これは一秒でも早く、何が何でもしのぶ様に見ていただかないと!
こんな状況ではどんな噂が立つともわからない。

「錆兎!私しのぶ様に用事があるんだった!錆兎も一緒にきてくれない?」

「・・・俺は二人の時間を過ごしたい」

私の手を握って引っ張っていこうとする。

真菰ーー!!

ちょっと、遠く見てないで助けてよーー!!

「ちょ、ちょっと錆兎待って!」

「どうしました?」

玄関で騒いでいると、診察室からしのぶ様と実弥さんが出てきた。

ニコニコ笑顔のしのぶ様と対照的に実弥さんの顔は固まってる。

「あら、お取込み中でした?」

しのぶ様に言われ、錆兎につかまれている手をばっと放した。

「名前!何を恥ずかしがっている!?好きだと誓い合った仲だろう!?」

「誓ってないっっ!!!」

私は恥ずかしくって、顔を真っ赤にしながら錆兎に叫んでしまった。

「あらあら。鱗滝さんと名前はそんな仲だったんですか?」

しのぶ様は至極面白そうだ。

実弥さんのほうは―。

恥ずかしいやら、気まずいやらで、怖くて直視できない。

「・・・好きだとか、乳繰り合うなら家でしろやァ」

久々に低い声調に、肩を震わせ実弥さんを見た。
顔に青筋が浮いて、目も血走っている。

「乳繰り合ってませんっ!!!」

その言葉がなんだかとてつもなく悔しくて私は叫んでた。

「うるせェ!手なんかつないでたくせによォ!」

「だから誤解ですって!!!」

「そんな、なよなよした奴がいいのかよォ!!」

だんだん腹が立ってきた。

この間は私とは付き合えないって言っていたくせに。

なんでこんなこと言われなきゃならないの。

自分だって、もう大切な人が、いる、くせに!!

「好きだって言わせてもくれない貴方よりは、ずっといいですっ!!!」

叫んだ瞬間はっと、口をつぐんだ。

何、言っているんだ、私は。

しかもこんな皆の前で。

顔が熱くなって、狼狽し涙が溢れてきた。

実弥さんはすごく驚いた顔をしている。

「・・・ごめんなさいっ!」

その場にいるのが耐えられなくて私は蝶屋敷を飛び出した。


prev novel top next

MONOMO