粂野さんと兄さんの話



※マリーゴールドの1話が始まる前の話※

「粂野、この後暇か?」

珍しいやつに声をかけられた。

同期の苗字だ。

優秀な家柄の出身だと聞いていて、かなりできるやつだった。

最終選別も一緒だったが、ほぼすべての鬼を倒してしまったらしい。

実際、実力も身につけていて、今度は岩柱様の継子になると聞いた。

同期の中では一番の出世頭だ。

「苗字?珍しいな。特に用事はないよ」

「そうか。ならひとつ頼まれてほしいのだが」

そういって苗字は懐から紙を取り出した。

「蝶屋敷に薬園があるのは知っているか?」

「いや」

「そうか、広い薬園だから蝶屋敷に行けばすぐわかるだろう。あそこにこの紙に書いてあるものを取りに行き、岩柱様に届けてほしい」

そんなことを頼まれると思っていなかったので驚いた。

柱様の頼みごとを他人に頼むなんて。

ふと不思議に思ったが、じっと目力で圧をかけてくる苗字に問う隙が与えられず。

「わかった。行ってくるよ」

「悪いな」

よろしく頼む、と言って去っていく彼を見送りつつ、俺は薬園へと足を運んだ。

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苗字の言った通り、蝶屋敷に行くと、すぐ近くに薬園はあった。

思った以上に広くて、綺麗に整えらていた。

苗字から預かった紙に書いてある植物の名前を眺めつつ、どうやって調達したものかと思っていると。

「何か御用ですか?」

問いかけられて振り向いた。

驚いた。

苗字に似ている女の子が笑顔で立っていたから。

「・・・・こんにちは。粂野 匡近といいます」

無意識に自己紹介をしていた。

少し彼女は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。

「初めまして。私は名前と申します」

「すみません。岩柱様から託を預かってまして」

苗字に預かった紙を渡すと、彼女はふむふむと何度かうなずき、

「ちょっと待っていてくださいね!」

と薬草を取りに行ってくれた。

的確に薬草を調達した後、袋に入れ手渡してくれる。

「ありがとう」

「こちらこそ、お届けありがとうございます」

ふにゃりと笑った彼女はやはり、苗字に似ている気がする。

といっても、彼の笑顔を見た記憶はないが。

「―苗字と」

「え?」

声が小さくて聞こえなかったようだ。

ふと、わざわざ自分に託を頼んできた苗字が思い起こされた。

『俺が首を突っ込んでいい話じゃないかもしれない』

「名前はここを一人で管理しているの?大変だね」

「そうですね。でも鬼狩りに行っていただいてる隊士様たちに比べれば月とすっぽんですね!」

謎の例えをしつつ、彼女は笑う。

なんだか、彼女に興味がわいた。

「じゃぁ今度俺も手伝いに来ていい?」

「ええ!?隊士様にですか??滅相もございません!」

恐縮してしまった彼女は、慌てて無理だと首を横に振る。

「実は俺、農家の息子なので草いじりが懐かしいんだ」

まぁ、嘘なんだけど。

「だからさ、植物触ってると気が休まるんだ。駄目かな」

「・・・・すごーくお暇な時であれば」

すごく渋々だけど、彼女はうなずいた。

「じゃぁまた来るね」

「また!」

笑顔で手をふる彼女に背を向け、俺は岩柱様の元に急いだ。

なぜか暖かくなる気持ちとともに。

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「粂野」

岩柱様に届けに行ったあと。

たまたま出会った苗字に呼び止められた。

「手間かけさせて悪かったな」

「ああ。このくらい問題ない」

笑って返せば、彼は何か言いたそうに口ごもった。

「その・・薬園に女の子がいただろう?」

「ああ、名前のことか?」

「そうだ。・・・その、どうだった?元気そうだったか?」

視線を不自然に外しながら苗字は尋ねる。

―やはり、あの子は苗字の妹なんだな。

自分の中で確信する。

「ああ、元気そうだったよ」

「そうか」

ふっと苗字は柔らかく笑った。

何時も無愛想な顔しか見たことなかったからすごく意外だった。

「悪かったな、呼び止めて」

そういって彼は去っていく。

気になるなら自分で会いに行けばいいのに―。

喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。


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