03:薬園と日々



今日はある程度、作業に目途がついたところで薬園の隅で本を読み込んでいた。

「ヒガンバナ、アジサイ、トウゴマ、ユウガオ、アセビ・・・」

「名前、今日は勉強?」

「あ、粂野さん、不死川さん、こんにちは!」

声をかけられ、慌てて呼んでいた本から顔を上げて二人に挨拶をする。
相変わらず、笑顔の粂野さんと対照的な不死川さんの顔。
なのに仲がいいから、二人を見ると私はほっこりしてしまう。

「すみません。今度何を植えようか、カナエ様と相談しようと思って」

「へぇ。ここに植えられているものは色々と考えられて植えられているんだね」

「そうなんです。今植えようと考えていたのは毒を持つものばかりですけどね」

笑顔でいうと、二人の顔が固まった。

「オイ・・・。大丈夫なのかァ。毒があるヤツなんか触って」

「大丈夫ですよ!基本的に食べた場合、つまり体の中に摂取した場合の毒ですから!」

笑顔でいうが不死川さんは信用ならんという感情がありありと浮かんでいる。心外です。

「それにしても。アジサイにも毒があるんだね」

私が見ていた本を横からのぞきながら、粂野さんが項目をめくっていく。
私も何度も手に取っているが、蝶屋敷から借りているこの本はかなり年季が入っている。
ずっと誰かの役に立っているんだなぁと思うとその古めかしさが好きだった。
粂野さんにつられ、アジサイの項を広げた。

「そうですね。食べた場合、ですけど」

「俺、アジサイの花が好きだけど、知らなかったな」

「有名なところではウメやアンズにも、未熟な種子なんかには毒があるんですよ」

「へー」

「で、こっちにあるアサガオとかナンテンは毒にも薬にもなって―」

粂野さんは感心してくれているが、不死川さんは不思議そうな顔で私をみている。

「・・・お前、ちゃんと勉強できるんだなァ」

「・・・馬鹿にしてます?」

薄目で私のことを見る不死川さんに、こちらも睨み返した。

ーーーーー

今日は粂野さんが一人でやってきた。

「実弥、今日は稽古だって」

「そうなんですね」

二人とも私の範疇を超えて強いと思うのだけど、鬼と戦うためにはそれ以上に鍛錬が必要らしい。

当たり前かもしれない。

自分の命と、人の命を守り抜くんだもの。

そう思うと、ますます粂野さんたちにここに来ていただくのは申し訳ない気もするけどー。


私が一人考え込んでいると、粂野さんはすでに目の前の雑草を抜き終わりつつある。

「・・差し出がましいですけど、お二人ともとても強いと思うんですが。まだまだ稽古は必要なんですね」

「そうだね。鬼と戦うのにどれだけ稽古しても足りないし」

まだまだ柱様の足元にも及ばないよ、と粂野さんは笑って言う。

「実弥はとても強い・・。きっとすぐに俺を追い越してしまう」

うれしそうな、さみしそうな顔で粂野さんは言った。

「だから俺は心配なんだ」

「?強いのに心配なんですか?」

「そうだね。皆、追い越して・・・一人でいってしまうような気がして―」

そういって、私の顔を見つめた。

「・・・その時は名前に連れ戻してもらおうかな」

「・・・私にできるようでしたら。精進しますね」

「できるよ、きっと」

そういって、粂野さんはしゃがんだまま私に手を差し出した。少し土のついた、鍛錬された手。
彼の顔見上げたが逆光で表情がうかがえない。
よくわからずにその手を反射的に握ると、ぐいっと立ち上がりながら手を引かれた。
バランスを崩し、粂野さんの胸に倒れかかる。

「すみませ―

慌てて体を離そうとしたら、背中に回された手に力が入り私は動けなくなった。

「く、粂野さん!?」

私を抱きしめたまま、粂野さんは動かない。

「・・・時々、実弥が何と戦っているのか、どこを見ているのかわからなくなるんだ」

彼は掠れる声で漏らす。

「その時、ものすごく、怖くなる」

「実弥が遠くに行ってしまうようで」

「実弥には、幸せに笑っていてほしいんだ、ずっと」

「くめ、の、さん?」


少しの沈黙の後、粂野さんはぱっと私を離した。

「ごめん!変なこと言ったね」

さ、さっさと終わらしちゃおう、といつもの粂野さんが微笑んだ。
いつもの笑顔のはずなのに、なぜか泣きそうな顔に見えた。

私はきゅっと口を結ぶ。

私には、二人が笑って生きていける未来を、願うことしかできないから。

ーーーーー

「名前ー!」

「粂野さん、不死川さん、お疲れ様です」

「お前にお疲れを言われるほど俺は疲れてねェ」

今日もいつもの夕刻時に二人はやってきた。
休みの日といい、この夕刻の時間といい、やはり二人に草むしりは申し訳ない気はする。
でも二人がいてくれると、作業もはかどるのでとてもありがたい。

「今日は何する?」

「今日はあの山茶花の枝きりしようかと」

「わかった。じゃぁ俺と実弥は枝切りしてくるから、名前は水汲みしてきて」

「いつもありがとうございます。行ってきます!」

彼らが二人で手伝ってくれるようになって、数週間が過ぎた。
最初は乗り気でなかった不死川さんも、すっとなじんで手伝ってくれているのがありがたい。
土いじりは嫌いでないようで、いつも黙々と作業を進めてくれる。
粂野さんは相変わらず、笑顔を振りまきながら作業をしてくれる。天使。

そして二人はとても仲がいい。
いつも作業しながら楽しそうに笑っている。
ほかの隊士ともほぼ話さないから、薬園以外での二人のこと詳しく知らないのだけど。

『実弥はとても強い・・・。きっとすぐに俺を追い越してしまう』

先日、不死川さんがいないときにぼそりとつぶやいた、粂野さんの嬉しそうな寂しそうな顔は忘れられない。
そして不死川さんは粂野さんと二人だとよく笑う。
あの、不死川さんが。
あんなに怖い顔なのに、とても優しい笑顔だから最初はびっくりした。
最初こそ私にも青筋立てまくっていたが、最近は無愛想程度に収まっている。
粂野さんほどの近しい距離感には、まだなれていないけど。


水汲み用の桶をかついで、井戸に向かっていく。
今は夏だから日差しはつらいけど、水仕事は気持ちいい。
ただ水汲み用の桶は水がいっぱいになると重いのが難点だ。
何度か滑車を上げ下げして桶をいっぱいにした。
少しの間、水に手を付けて、ひんやりとした手をほっぺにあてる。

あー。気持ちいい。

「ちゃんと水くめたのかァ」

枝切りは粂野さんだけで間に合ったのか、不死川さんがやってきた。

「不死川さん。二人がいないときは一人でやってますからね」

このくらいできます!と鼻をフンスとならせば、ハンっと鼻で返された。ひどい。

「あちぃから水かぶりにきた」

といいながら、ひらひらと手で顔を扇いでいる。
確かに彼の額からは汗が滴り落ちていた。
と、断りもなく私が桶にためた水を一気に頭からかぶった。

「あー!!水ーー!!」

私が恨めし気にいうと、うっせーなァといいながら彼は軽々と滑車を降ろし、すぐに井戸水を桶にためてしまった。
はやい。筋肉のつきが違う。
あっけにとられていると、行くぞォと軽々と桶をかつぎあげる不死川さん。
やはり、筋肉のつきが違う。
きれいな銀髪からは先ほどの水がぽたぽたと落ちている。
それが夕日を反射してキラキラと輝いた。

「水も滴るいい男・・?」

「最後の疑問符まできこえてんぞォ」

はっと口を押えると不死川さんはくつくつと笑った。

え。

「先に持ってくからな」

そういって歩き出した不死川さん。
後を慌てて追いかけつつ、胸に手を当てる。

ドキリとなった胸の音は気のせいだよね?

ーーーーー

「おい」

「あれ、不死川さん。今日は一人ですか?」

「匡近、任務だとよォ」

「え?粂野さんいないのに一人で来たんですか?」

その言葉を言った途端、不死川さんは眉を寄せ不機嫌になった。
いつも思うが彼の表情は意外とわかりやすい。

「なんだァ、俺じゃ不満っていうのかァ?」

生意気いいやがってと、怒ってはいるけど以前みたいに青筋は浮いてない。

「意外というか・・。真面目だなぁって」

「お前一人だと日がくれるだろォが」

そういいつつ、すでに目の前の雑草を抜いてくれてる。
まぁそうなんですど。
一人のときはいつも暮れるまで作業してるんだけど。
もしかして心配してきてくれたのかな。
ちょっと、いや、かなりうれしい自分がいたり。

「ふふふ」

「なんだ、気色わりィ」

私のほうを怪訝な顔で見ながら、せっせと雑草の山を作ってくれている。
とてもありがたい。

「前はあんなに嫌っていたのに、自主的に来てくれることに感動していました」

「あァ?うるせェな。いいから手を動かせ」

そういって二人でせっせと作業した。
そのおかげか日が暮れる前に作業も終わることができた。
私としては暗い中家に帰らなくていいのでうれしいばかりである。

「そういやお前、どこ住んでんだァ?」

「この薬園の一番端です」

薬園っていっても敷地は樹木やら、植物小屋やら立っていてかなり広いから家までは少し距離がある。
先にあるおんぼろ小屋が私の家だった。

「・・・隊の家に住んでねェんだな」
「まぁ一応名ばかりの隊士ですけど、ほぼ雑用係りですから、私」

あそこに住むのは恐れ多い。私なんかが居ていいところではないと思う。

「お前、もっと自分のやってる仕事に自信もてやァ。とろいけど、仕事はしっかりやってると思うぜェ」

そういってニッと口角を上げた不死川さん。

あ、ダメだ。
また心臓が爆発しそう。



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