04:新しい気持ちと過去



粂野さんは女子たちに人気があるらしい。
私も天使って思うくらいだから、それは当たり前かもしれない。

「ちょっと何ぼんやりしてんのよ」

目の前で怒り心頭といった表情の女の子が、私の肩を突いた。

先ほど、ちょっと顔貸しなさいよ、と数人の女子隊士に薬園の裏に連れ出された。
いわゆる呼び出しってやつだ。
私、そういうのと無縁なタイプだと思っていたんだけど。

「・・薬園の作業はさせてるんじゃなくて、粂野さんが自主的に手伝ってくれてるというか・・」

「は!?生意気。そんなはずないでしょ!」

「そうよ!任務で疲れてるはずなのにこんなことまでさせて!」

「休みの日までさせてるらしいじゃない!?だから私たちの誘いにも乗ってくれないし!」

「最近は不死川くんにも愛想振りまいてるらしいじゃない!?」

ううう。そんなこと私に言われても。
休みに誘われてるなんて私、初耳だし。
粂野さんも、不死川さんも薬園を手伝ってくれてるとても大切な友人だ。
正直、手伝ってくれることをありがたく思うことはあれど、断る通りがない。

「こんな何も出来ない子の何がいいのかしら?」

良いとか悪いとかじゃない気がするんだけど。

「ほら、なんとか言ったら」

ぐいっと、私の肩が押されて後ろにあった壁に当たった。腐っても隊士だ。
ひ弱な薬園の雑用係が力でかなうはずもない。

「だから、私のせいではないと思います・・」

「しらばっくれて!!」

パンっといい音がした。

一瞬、何が起こったかわからなかったが、左頬に痛みが走って頬を叩かれたんだとわかった。
これは、、、結構痛い。
唇が切れたのか血の味がした。
さすがに苛立って、彼女たちを睨み返す。

「てめェら、なにしてやがるっ!?」

突然の声に皆びくりと肩を震わせた。

「あ。し、不死川くん・・」

「俺はこいつに用があんだよォ。言いたいことがあるなら俺が聞くぜェ」

久々に不死川さんの青筋全開の顔をみた気がする。
やっぱり怒った顔は不良そのものだ。怖い。
女子隊士隊は困ったように顔を見合わせ、足早に去っていた。

「・・・でェ?お前、何したの?」

隊士たちの姿が見えなくなると不死川さんはこちらに向き直った。
正直、理由は言いたくなかった。
粂野さん、不死川さんと仲良くしているから詰められた、なんて。
聞いて、不快にしかならないだろう。

「・・・別に何もないです。私が陰気で気に入らなかったって」

「本当かァ?・・・嘘、言ってんだろ」

びっくりした。

私の言葉を否定したこともだけど、不死川さんが顔を覗き込んでくるもんだから。
つまり、不死川さんの顔が真ん前にあるわけで。
私より背が高いから見下ろしてくる顔は、怒りと心配の入り混じった顔だった。
そんな顔させて申し訳ない気持ちになってくる。

「・・・・ほ、本当です・・」

「・・・・ま、言いたくないならいい」

そういって、彼は親指で私の唇をぬぐった。

んへ???

「血が出てんぞォ。水で洗ってこい。ついでに頬も冷やしとけ」

そういって、手拭いを私に投げて去っていく不死川さん。

その背中を見ながら顔が真っ赤になって、しばらく動けなかった。

きっと叩かれた頬のせいだ。

ーーーーー
「名前、昨日は大丈夫だった?」

昨日の女子隊士に呼び出され事件(自分で命名)の後、粂野さんに会うのが気まずく。
不死川さんに頼んでまだ来てなかった粂野さんに、私の体調不良と言ってもらい昨日の土いじりの手伝いはなしにしてもらった。
あの後、不死川さんは特に突っ込んでくるわけでもなく。
手伝いをなしにしてほしいこと伝えてもあぁ、と短い返事で切り上げてくれた。
とても不死川さんには感謝している。
頬も一日冷やして元には戻った。

「粂野さん、ごめんなさい。心配させて」

ふにゃりと謝ると、粂野さんも笑顔になった。
やっぱり、笑顔は天使だなぁ。

「そっか、元気になってるならいいんだ」

「馬鹿は風邪ひかねぇっていうけどなァ」

「不死川さんは意地悪ですね」

ふふっと笑って、私は地面の植物に集中した。



『出来ない子―』

昨日の言葉が思い起こされる。
そして、ふと自身の家族の事を思い出した。
私の家庭は父、母ともに実力のある隊士で、私には兄が一人いる。
両親はともに、私と兄に隊士になることを強く望んでいた。
兄は隊士としてとても才能溢れる人だったが、反対に私は全く才能がなかった。
見かねた両親はあれやこれやと手を尽くしたが、芽が出ることがなく、私は家に絶縁された。

「どうしてこんな子が」

「できなそこない」

今でも父が激怒し、母が泣いている姿は目の裏に焼き付いている。
この薬園で生きていくとなった時も兄にきつく言われた。

『誰ともかかわるな』と。

そうしようと。
そうすべきと、決意した―。


はずだったのに。

それがどうだろうか。
粂野さんや、不死川さんの優しさになびいて一緒の時を過ごして。

よかったのだろうか。

先日の女子隊士も、私が粂野さんと関わらなければ、私に対する敵意を持つこともなかったろうに。
私は何もなければここでずっとのほほんと生きていくだろう。
でも隊士たちの余命はきっとそんな私より少ない。

それなのに私はまたこうやって―――――。




「大丈夫かァ」

目の前が真っ暗になりかけたところで、声をかけられ、顔を上げた。
不死川さんの心配そうな顔が見える。
そんな顔もするんだなぁとぼんやり考えていると。

「匡近ァ。こいつ体調悪いみたいだから、蝶屋敷に連れて行くわ」

「え、名前大丈夫?無理せずにね。あとは俺がやっとくよ」

二人のやりとりに返事をする前に、ふわりと浮遊感を感じた。
気づけば不死川さんに抱きかかえられていた。
顔がっ!!近いっっ!!思わず顔を手で覆った。
真っ赤な顔の私をよそに不死川さんは歩き出し、粂野さんは気を付けてーとのんきな声をかけてくれる。

「振り落とされたくなきゃ、しっかり掴まっとけェ」

不死川さんの声が間近に聞こえて、慌てて彼の服をつかんだ。

え、私、死にそう。



「ちょちょちょちょ、不死川さん!おろしてほしいです!!」

「あァ?体調悪いんだから静かにしてろォ」

やだ、私死ぬから。死因が恥ずか死とか先祖に顔向けできない。
もう色々と私の許容範囲超えてます。

「わかりました!せめて自分で歩けるので降ろしてほしいですー!!」

ギャーギャー騒いだおかげが、不死川さんは私を渋々木の木陰におろしてくれた。

「しばらくじっとしとけェ」

体力ないんだしよォと悪態をつきつつ、私の隣に腰掛ける。

「・・・ありがとうございます」

「それは何に対する礼だァ?」

「・・・なんかもう色々と、昨日からお世話になりっぱなしで・・」

改まって礼を言う私の姿を不死川さんは可笑しそう笑ってみていた。

「・・・まぁ。何言われた知らねェけど、匡近も俺も気にしちゃいねェからよォ」

昨日ことをすべてわかっているような言葉に、カァっと顔が熱くなって、不死川さんをみた。
頬杖ついて私の顔を眺める不死川さんはフっと微笑んだ。
思うのだけど、彼の笑顔は優しすぎる。
いつも怖い顔をしてるから余計にそう思うのかな。

「名前は、結構気にしすぎるからなァ」

そっと不死川さんの手が私の頭に降りてきた。
そのまま、そのごつごつした手は私の真っ赤な頬に添えられる。

何も声がでない。目が離せない。

たぶん視線が合っていたのは何秒かだと思う。
でも私にはとてつもなく長く感じた。

ふと、不死川さんは立ち上がる。

「じゃぁ気分良くなるまで休んでろ」

俺は作業に戻る、と手をひらひらさせながら行ってしまった。

あ、私、初めて名前を呼ばれた。

どうしよう。心臓が破裂しそうってこういうことをいうんだ。


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