05:さよならと半夏雨



「名前。俺と実弥、長期任務が決まったんだ」

「え・・」

今日も今日とて3人で土いじりをしていたら、何のことでもないようにふと粂野さんに言われた。

「そう、なんですね」

声はいつも通りを装うが、内心、冷や汗がでそうになる。
彼らが任務にでることは珍しくない。
鬼は夜に出るものだから、夜は任務に参加し次の日の夕方に手伝いに来てくれることもある。
その時はさすがに生傷が絶えないので、帰るように促すのだけど。

でも、わざわざ長期任務と私に言うくらいだから。

「うん、今回はちょっと大変な任務になるかも」

下を向いている粂野さんの表情は見えない。
不死川さんをみると、作業している横顔は無表情だった。

「しばらくこれなくなると思うけど、一人で大丈夫?」

「大丈夫ですよ。今までも一人でやっていましたし」

なんだろう。
本当のことなのに、喉が渇いたように張り付いている。
うまく表情が作れない。
どんな顔したらいいんだろう。

「・・そうだよね。また任務終わったら必ずくるから」

「はい。待ってますね」

「それまでもちゃんと、手入れしとけよォ」

「私だって土いじりくらいはできます!」

優しく笑う二人に言えるはずもなかった。

行かないでほしい。なんて。
私にいう資格なんてないもの。

ーーーーー

二人が任務に旅立ってから、3週間が過ぎた。
今まで長くても1週間に一度くらいは薬園で顔を見せてくれていたので、本当に厳しい任務なんだろう。
それにカナエ様が二人が任務につく前後、何度も大量の薬草を取りにこられた。
その時、いつも笑顔のカナエ様は厳しい表情をしていた。

「最近は大量の薬品が必要なのですね」

普段、あまり診療のことなどには口を挟まないが、なぜだが不安で問わずにいわれなかった。

「ええ。最近は戦況が、あまり良くなくて―」

カナエ様がしぼりだすように言ったのが印象的だった。

『二人は無事だろうか』

無事でなかったら―。

二人に何かあることを考えるだけで眩暈がしそうだ。
こみあげてくる吐き気を抑えつつ、

『どうか、どうか二人が無事に帰ってきますように』

私にはただ願うことしかできなかった。

ーーーーー

今日は雨だった。雨の日は基本的に作業をしないので、見回りして家にこもることになる。
意外と見回る場所は多いので時間がかかる。
しかも今日は風が強く、河童を来ていても横降りの雨に降られてぐっしょりと濡れてしまっていた。

「もー、なにも風まで吹かなくったって」

風で折れてしまいそうな木を見つけ、添え木をする。
強風の中ではなかなか骨の折れる作業だ。
添え木を立てて、最後に紐をしっかり結んで―。
ふと、作業の手の向こうに人影が揺れた気がして顔を上げた。

そこに立っていたのは不死川さんだった。

「不死川さん!!!」

3週間ぶりの姿をみて、ほっとした私は走って不死川さんのもとに駆け付けた。
無事に帰ってこれたんだ!
彼は下を向いていて、表情がうかがえない。

「不死川さん??」

返事をしてくれない彼を不思議に思って、近くまで行って再度問いかけた。

「―――だ」

「え?」

雨が容赦なく振付け、声が小さくて風にかき消されて聞こえない。
不死川さんはばっと顔を上げた。

驚いた。

顔は傷だらけ、目は血走っていて。

よく見ると手や体も痛々しく包帯が巻かれていて、血がにじんでいる。
彼は雨の中、傘もさしていないからびしょ濡れだった。

「不死川さん!血がにじんでます!どこか雨宿りできる場所に―」

「――――匡近が死んだ」


一瞬、時が止まったような感覚に陥った。

一気に血の気が引いた。

寒くないはずなのに、体が震えて歯がガチガチと音を立てる。

「な、んて―」

絞り出すように声をだした。

体中が理解することを拒んでいる。

嘘だって、叫びたかった。

でも体は思いと裏腹に動いてくれない。

目の前の満身創痍の不死川さんがそんなこというはずないって知ってるもの。

「うそ、だ」

「嘘じゃない」

ゆるりと自身の手をうつろげな表情で見つめる不死川さん。
心ここに非ずといった不死川さんを見ていると一気に目頭が熱くなった。

「うっ」

視界が一気にぼやけた。

「うぅぅ」

ばっと顔を覆った。
不死川さんは泣いていないのに、私だけ泣くなんておこがましい。
でも涙は止まってくれなかった。
後から後からあふれてくる涙とも雨ともつかないものを必死に掌でぬぐう。
声を出さないように歯を食いしばるけど、嗚咽は止まってくれなかった。

突然目の前が真っ暗になった。
不死川さんに抱きしめられてるんだって気づくのに少し時間がかかった。

「いいからァ。泣いてろよ」

そういって私の背中に優しく廻された腕に力が入る。
不死川さんの胸に顔をうずめて嗚咽を漏らした。
彼の肩が震えていたのは、きっと私の気のせいじゃない。



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