青空の対価は君の声



放課後の図書委員の閉館作業担当が終わって、実弥と名前は特に絡みはなかった。
図書委員もあれから主な行事もなく、委員会が開かれるのも少し先の予定である。
2人は同じクラスだが、席も遠く話す事もほとんどなかった。
時に、ふと目が合えば挨拶を交わすくらいの関係が続いていた。



名前はあの日、図書室で実弥と過ごしてから、実弥のことが気になって仕方がなかった。
図書委員をやる前はあんなに怖い印象だった彼は、少しぶっきらぼうなところもあるけどとても優しくて、気づかいもできる。
あれから時々、目で追えばクラスでも色んな人と話していたり、先生からの評価の良くて、大人しく目立たない自分とは相対するようだと思った。
また早く閉館作業担当がくればいいな。
あんなに憂鬱だった図書委員のことをそんな風にまで考えていた。


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「今日は席替えをする」

ある日学級委員の義勇が教壇に立ち、ホームルーム中に急に告げられた。
わーっと湧き立つ教室。
仲の良い友達と離れてしまうのを惜しむ声半分、気になる人と近くになれるかもしれないチャンスと喜ぶ声半分だ。
名前も顔や声には出さないが、内心とても嬉しく思っていた。
もしかしたら実弥と近くになれるかも、と心弾ませていたからだ。
今は気軽に話せるような距離の席ではないが、もしかして運が良ければ隣の席になれるかもと期待する。

席替えはくじ引きだ。袋に入ったくじを順に引いていき、その番号に書いてある席に座っていく。
席は男子、女子が交互に並んでいて、隣は異性になると決まっているから皆、席順が気になっている。

「まずは男子から引いてくれ」

義勇の声を合図に1人ずつ席を立ってくじを引く。
その数字をもとに黒板に書かれた席を模した絵に名前を書き込んでいく。

『・・次、不死川くんの番だ』

何故か自分の番でもないのに内心ドキドキしながら、結果を見守る。
実弥が義勇にくじを手渡すと、義勇が黒板に名前を書き込んだ。

『あ・・・不死川くん、窓側の1番後ろだ』

1番先生から遠くてサボれる、と人気のある席だ。
不死川いいなーと他の男子から声が上がる。
うるせェといいつつ実弥は現在の席に座った。

ということは、実弥の隣になるためには窓と反対の1席しかない。
女子の人数分の1の確率だ。
これは隣になるのは諦めた方がいいな、と名前は心の中で思い、せめて少しでも近くの席だったらいいなと再度黒板を見つめた。
男子の席には名前が全て埋まり、「次は女子が引いてくれ」との義勇の声で、席順に1人ずつくじを引いていく。
女子の名前が次々に黒板に書かれていく中、名前は自分の番が来るまで実弥の隣の席が埋まってしまわないか気が気ではなかった。

名前のくじの順番が回って来た時、実弥の隣はまだ空白だった。
今までにないほどに緊張しながらくじを引いて、それを義勇に手渡した。
義勇は番号を確認すると、黒板に名前を書いていく。
義勇が振り返った時、「不死川」の名前の隣に「苗字」の名前を見つけ、名前は思わず息を飲んだ。
まさか、望んでいたとはいえ隣になれるとは思っておらず、我が目を疑った。
何度目を瞬かせても、苗字の名前は不死川の隣にあった。
席に戻って、周りに気づかれないようにと思わず頬を手で覆った。
あまりに嬉しすぎて緩んでしまう顔に俯いた。

女子の席も全て埋まってしまうと、「各自荷物を持って席を移動してくれ」と義勇から号令がかかる。
教科書や鞄なんかを持って、皆それぞれが指定された席に移動する。
またねーやよろしくーなんかの声が飛び交う中、名前は1番後ろの窓際の1つ隣の席に向かった。
実弥はすでに席にいて、少し前まで遠くの人の様になっていたのが嘘の様に目の前にいて名前は堪らず胸元に持っていた教科書を抱きしめた。

おずおずと机に荷物を置いて、隣に先に座っていた実弥を見れば目があった。
久しぶりにこんなに近くで顔を合わせた気がする。

「不死川くん、お隣、よろしくお願いします」

「なんか、他人行儀だなァ。よろしく」

そういって頬杖をつきながらこちらを向く実弥の顔が眩しくて、名前はすっと自分の机の方に目を逸らした。
どうしよう。
図書委員の最終日の事があってからか、意識しすぎてる。
隣に座っているだけで早鐘を打つ胸に、これから持つんだろうかと心配になった。


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ホームルーム後の最初の授業は数学だった。
名前は数学が苦手だ。ましてや隣に実弥がいるとなると、意識して緊張してしまう。
先生が入ってきて授業が始まろうとした瞬間、「先生」と、実弥が立ち上がった。

「どうした、不死川」

「教科書忘れたんで、隣に見せてもらってもいいですか?」

「お前が忘れるなんて珍しいな。苗字、席くっつけてみせてやれ」

「は、はい」

先生に言われ、ガタガタと席を隣の実弥とくっつけた。

「悪りぃなァ」

「だ、大丈夫」

謝る実弥の目が見れない。
つい席替えの前までは話すこともままならない関係だったのに、急に手を伸ばせば触れる距離まで実弥と接近して、名前はドキドキと鳴る心臓を抑えるのに精一杯だった。
息遣いまで聞こえてしまいそうで、思わず息を深く吸い込む。

「じゃぁ授業を始める。今日は前回のおさらいからだ。教科書36ページ開いてー」

先生が話始めているのに集中できない。
すぐ左隣に実弥の気配を感じてじんわりと汗をかく。
それでも進んでいく授業についていこうと必死に黒板の問題を解いていく。

トントンと、左手の甲をペンで叩かれて、思わず弾かれたように左を向いた。
夏の青空を背に、夏服の白いシャツの実弥はよく映えた。
以前は夕方に赤くなった髪を綺麗だと思ったが、陽に照らされて明るく輝く銀髪も一層、その通った顔を眩くしているようだった。
近くにいないと気づかなかった男らしい、骨張った腕に心が高鳴る。
暑いからか第二ボタンくらいまで開けられた胸元に目がいかないように必死に目を泳がせた。

「ここ、間違ってんぞォ」

実弥はずいと近づいてきて、ノートの回答をペンでコツコツと差す。
周りに聞こえないような小声囁く実弥に、「あ、ありがとう」と返すのが精一杯だった。
胸の音、聞こえてないよね。
胸元をギュッと押さえながら、指摘された数字を消しゴムで消して、新しい回答を計算していく。



授業どころでなかった数学が終わって、席をいつものように離す。

「不死川くん、数学、得意なんだね」

先ほど間違いを指摘してくれた事を思い出しながら名前は思い切って話しかけた。

「得意って程じゃねぇけど」

「いいなぁ、私苦手で。今日教えてくれたところも、なかなか分からなくて。今日の宿題も憂鬱だなぁ」

今日の数学では名前の苦手な箇所の宿題がたくさん出た。
これは夕方の宿題に時間がかかるパターンだ。
撮り溜めてたドラマを夜みれないなと悲しく思っていたところだった。

そんな名前の気持ちを知ってか知らずか、実弥はふーんと言いながら、何か少し考えて口を開いた。

「なら、教えてやろうかァ?」

「!いいの?」

「あァ」

数学を教えてもらえるということもだが、名前にとっては実弥と一緒に勉強ができる事が特別だった。

「じゃぁ放課後に用事がなければ、今日の宿題ぜひ教えてほしいです」

「あァ、わかった」

そう約束を取り付けていたところで、「実弥ー」と呼ぶ声がする。
振り向けば隣のクラスの女の子2人がこちらに手を振っていた。

「おー、今行く。苗字、放課後なァ」

そういって、実弥は女の子達のところに行ってしまった。何やら楽しそうに談笑している。内容まではここからではうかがえなかった。

『いいなぁ、下の名前で呼んでて』

自分の中に湧いた願望に、名前ははっと首を振る。
これじゃぁまるで、私が不死川くんのこと名前で呼びたいみたいじゃないか。

いやー。

「呼んで・・みたいな」

口から溢れた想いに、名前はそれ以上こぼれないように、ぐっと口を結んだ。


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放課後、実弥と宿題を一緒にすると約束していたが、名前は担任に職員室に来るように言いつけられた。

「不死川くん、本当にごめんね」

頭を下げる名前を見ながら実弥は笑う。

「いいってェ。話終わんの、待っとくから」

そういって実弥は自分の宿題に取り掛かった。
先生の話、早く終わるといいな、そう思って名前は職員室に急いだ。



担任からは先日の模試の結果の小言を散々言われた。
それは全体的に模試の結果がよかっただけに、数学だけが下から数えた方が早かった結果に対し、数学さえよければもっと上にいけるとの期待の表れでもあった。
小言を愛想笑いで聞き流しながら、名前は心の中で、だから今から数学を不死川くんに教えてもらうんだからっ!と言い返していた。
解放された時には随分時間も経っていて、慌てて名前は教室へ走りだした。

『不死川くん、帰っちゃったかな・・。待っててもらってても、それはそれで申し訳ないな』




教室近くに来たとき、部屋の中から話し声がして足を止める。

『不死川くんの声と、女の子の声だ』

手を振っていたあの隣のクラスの女の子だろうか。何となく入りづらくて教室前で足を止める。
そっと、教室の壁を背に立ち尽くせば、中から楽しそうな話し声が聞こえた。

「実弥、今度デートしてよー!」

その言葉にドキリと心が揺れる。
まさか大胆にも女の子からデートの誘いなんて。
不死川くんはなんて答えるんだろう。
悪いと思いつつ、そのまま名前は聞き耳を立てた。

「はァ!?誰がお前なんかとするかよォ」

軽い感じでいなす実弥の返事に名前は胸をなでおろす。
よかったここでデートの約束なんて取り付けられたら、このあとどんな顔して会っていいかわからなくなるところだった。

「ケチー!じゃぁどんな子だったらデートすんのよ!」

私これでも少しは可愛いって言われるのよっ!と女の子は納得いかないのか、食い下がる。

「うっせぇなァ。誰でもいいだろォがァ・・とっとと帰れェ」

「はぁ?言わないと帰らないから」

譲らないような態度の女の子に、少し沈黙が続いた。




「・・・俺の事、「綺麗」って言ってくれるような子」




「は?かっこいいじゃなくて?」と女の子は納得いかないように問い詰めている。



『不死川くん、とても綺麗』

先日、自分が思わず言った言葉を思い出した。


一瞬で、体中の汗が噴き出した。
目の前がキラキラと輝いて思わず声が出そうになって口に手を当てる。

それって、それってー。




女の子は何かを言っていたが、がたんと立ち上がる気配がして名前は慌てて柱の陰に座り込むように隠れた。

「もういいもん。そっちが誘ってもデートしてやんないんだからっ!」

「おー、帰れ帰れェ」

そういって捨て台詞のように女の子は教室に向かって叫ぶと、走って行ってしまった。




どうしよう。
顔が、手が、全身が熱くて、教室の中に入れない。
先程の実弥がいった言葉を反芻しながら、名前は息を整える。
空は夕暮れに近づいて、校舎に照らされた窓格子の影はだいぶ傾いている。
時間が無駄に過ぎて行ってしまう。
せっかく待ってくれてるのに、早く戻らないと。
そう思って気持ちは焦るのに、座り込んだまま立ち上がることができなかった。
今、この赤くなった情けない顔で実弥と顔を合わせたくない。



しばらくそのまま時間が過ぎた。
顔が少し冷めてきたような気がして、名前は恐る恐る教室を覗き込んだ。

「あ・・・」

実弥は待ちくたびれてしまったのか、机の上に突っ伏していた。
そっと近づくと、こちらを向いている横顔の目は閉じられていて眠ってしまったらしい。

『この間と逆だなぁ』

前回は名前が図書室で待ちくたびれて寝てしまった。
今回は実弥をたくさん待たせてしまった。
申し訳ない気持ちになりながら、普段ない状況になんだか興奮していた。
音を立てないように慎重に自分の席に座る。
こちら向きに眠っている実弥の顔をじっと見つめた。

『まつげ長いなぁ』

窓から吹き込む風に揺れる前髪を見つめながら、名前はふと思いついた。
今ならこっそり名前を呼んでもばれないだろう。
本来なら絶対に名前には出来ないだろうが先ほどの事と、この状況が名前の気持ちを後押した。

「・・・さね、みくん。・・さねみくん」

小さな声で呟くようにそっと呼ぶ。
それだけで胸が焦されそう。
大事な宝物を見つけたような気持ちだった。
呼んでしまったものの、また顔が熱くなって俯いた。
何してるんだろう。早く彼を起こして、謝らなければ。




「もう呼んでくれねぇの」



静まり返った教室に声が響いて、ばっと顔を上げる。
突っ伏したままの実弥と目があった。

「し、不死川くん起きてー」

先程名前呼んでいたの、聞かれてしまった。
そう思うと涙が出そうなほど恥ずかしくて「あの、違っ」と必死に言い訳を並べる。
ゆっくりと顔を上げる実弥に、たまらず名前は勢いよく立ち上がった。
ガタンと椅子が後ろ向きに倒れ転がった。

「ご、ごめんなさい!嫌だったよね」

そのまま後退りをしてしまいそうな名前の腕を逃さないというように実弥が掴んだ。

「嫌じゃねぇから。もう一回、呼んで」

「!あ、えっと、そ、それは」

「呼んでくれねぇの」

「いや、そうじゃなくてっ!あの」

掴まれた腕が熱くて、目の前には実弥の顔があって。
先ほどの名前のことも聞かれてたと思うと、名前の頭は半分混乱していた。

「・・・名前」

「!わ、私の名前・・」

「これであいこだろォ。名前、呼べよ」

熱い紫の瞳にじっと見つめられ、観念したように名前は俯いた。

「・・さね、みくん」

小さくその名を呼べば、腕を掴んでいた実弥の手に力が入った。

「・・これからそう、呼べよ」

「でも・・」

「俺も名前って呼ぶし。待たせた罰なァ」

そういわれれば、何も言い返せない。
返事の代わりに何度も顔を縦にふった。
ふと腕が離されて、顔を上げる。

「名前・・」

と吐息がかかるような距離で呼ばれ、視線が絡んだ目は離せない。
段々と顔が近づいているような気がして、名前は堪らず「実弥くん?」と呼んだ。

ピタリと実弥の動きが止まって、少し距離をとりガシガシと頭を掻く。

「あー。遅くなったけど、やれるだけ宿題やるかァ」

「!うん!ありがとう」

なんだかいつもの雰囲気に戻った気がする、と名前は胸をなでおろす。

椅子を元に戻し座り直した。実弥も椅子に座ると2人で数学のプリントに取りかかった。


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