通りすがりの運命と 03



翌日、昨日の今日でまたあの男の人がきたらどうしようかと思ったものの、不死川さんの言葉がお守りのように力強くて、お弁当を売りに産屋敷町にやってきた。


帰宅後、兄さんにも昨日の出来事は報告した。
兄さんは心配そうに見つめながら、しばらく店舗と路上販売を変わろうかとも言ってくれた。
でも、正直弁当屋としての効率を考えると兄が実店舗にいてくれた方が弁当作りだったり、発注だったりと色々と効率が良い。
それに、昨日の不死川さんにいわれた「また来てほしい」との言葉に、深い意味はないだろうけど妙に意識してしまって産屋敷町に行きたい自分がいた。
そんな下心には気づかれないように、私が路上販売に行く、と返事をしたのだった。

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開店準備を終えて、少し辺りを見回したけどあの男の人の姿はなくて胸を撫で下ろす。

「苗字さんっ!」

響くような声に名前を呼ばれて、振り返ればそこには走って近づいてくる不死川さんがいた。

「不死川さんっ!?お仕事中じゃ・・?」

お昼にはまたお弁当を買いに来てくれるかなとは、小さく期待していたけど、まさか朝から会えるとは思っていなかったので、驚いて支度中のお弁当を落としそうになる。

「小休憩だったンで・・・。心配で様子見にきました」

はぁはぁと息を整えながら、不死川さんはすみませんと口にする。

「休憩時間が10分しかないもので、慌てて走ってきたもンで・・」

はぁと、髪をかき上げながら顔を上げた彼と視線が合って、なんだか私が会いたがっていたのが見透かされたようで気恥ずかしくなってしまう。

「心配おかけしてすみません」

「昨日のヤツ、来てないですか」

「はい。今のところ」

「そうですか。よかったァ」

自分事のようにホッとしてくれてる彼を見ると、その確認のためだけにわざわざ走ってきてくれたのかと思うと申し訳なくなる。
でも同時に、朝から気にかけてくれてたって事実に嬉しくてにやけてしまいそうになるのを必死に耐えた。

「あと、よかったらこれ」

不死川さんが差し出したのは缶コーヒーだった。

「嫌いだったら、申し訳ないですが。休憩の時でも飲んでください」

「そんな・・いいんですか」

「ええ。自販機で買ったもンですが。よかったら」

両手で受け取った缶コーヒーはいつもの市販のコーヒー変わらないものなのに、なぜかすごく大切なもののように思える。

「また、お昼にお弁当買いにきます」

それだけ告げると、不死川さんはまた来た道を帰って行った。

『たったこれだけのために、貴重な休み時間を使って・・』

心配してもらって申し訳ないという気持ちより、気にかけてもらえて嬉しいの方が勝っている私は本当に現金だと思う。
もらった缶コーヒーをそっと握り締めながら、お昼の約束を心待ちにした。



いつもの13時が近づくと、なんだかソワソワと落ち着かなくなった。
今日2度目の不死川さんに会えるのを、心から楽しみに思ってしまうのは彼がとっても優しいからだろうか。
それとも、自分の中にある、不死川さんに会いたいって隠せなくなってきてる気持ちのせいだろうか。

「苗字さん」

考えていた側から、不死川さんの声に呼ばれた。
朝と変わらない不死川さんがいて微笑んだ顔に、1人ドキドキしてしまうのはきっと気のせいだ。
少し辺りを見回して変わりないですかと確認した後、彼はいつもの弁当を注文する。

「磯辺揚げ弁当ください」

「はい、400円です」

いつもの様に4枚の100円玉を受け取ると、彼は再度辺りを見回した。

「その、苗字さんの邪魔でなければ、今日はこの辺りで弁当を食べようかと思うのですが」

「え?」

「昨日のヤツがまた来るかもしれませんし」

本当にご迷惑でなければ、ですが、と私の様子を確認し、念を押すように小さく呟く不死川さんに、私は目を瞬かせた。
昨日の今日で本当に私の事を気にしてくれてるんだなと、嬉しくなる。

「・・不死川さんに居て頂けると心強いです。この辺りベンチとかないので、よければ車の後ろ使ってください」

「それは助かります」

「いえ、お礼を言うのは私の方です。昨日から、気にこんなに気にかけていただいて・・なんてお礼していいか・・」

「・・・お礼なら、お昼の間、客がいない時は話し相手になってくれるっていうのはどうですか」

「え?」

むしろそんなことでいいのかと、益々恐縮してしまう。
それに私なんかが話し相手なんて務まるかな、うまく話題を振れる自信もないしと、一人悶々と考え込んでいると、私の様子を見ていた不死川さんは少し考えるように呟いた。

「その・・。1人で飯食うの、寂しいので」

不死川さんから寂しい、なんて不釣り合いな言葉が出てきて私は思わずクスリと笑ってしまった。

「私なんかに話し相手がつとまるなら、もちろん、ぜひ」

そういいながら、スライドドアになっている車の後部座席を開けた。
ここを借りていいですか、と、不死川さんは後部座席の乗り口を指さしたので、私は慌てた。

「ここ、汚いですよ!?よければ中の座席を使ってもらっても・・」

「それだと、苗字さんとお話しできませんから」

さらりとそんな事を言ってのけるので、こちらは赤くなる頬をみられない様にするのに必死だった。
社交辞令とはいえ、イケメンにそんな事言われてにやけない女の子なんていないと思う。
乗り口を持っていたタオルでささっと拭きあげて、そのタオルを引いた。

「すみません。お手数をおかけします」

「いえ、こちらこそ」

不死川さんは乗り口に腰掛けると、お弁当を開いた。
磯辺揚げ弁当を何度も買ってもらっているのに、食べているのを見るのは初めてで、なんだか少しだけ緊張してしまう。

「磯辺揚げ好きなんですね。いつも磯辺揚げ弁当買ってくださいますよね?」

「そりゃ、アピールなんだよなァ・・」

小さく呟かれた言葉が聞き取れなくて、私は首を傾げる。

「?違うんですか?」

「あ、いえ、この弁当が気に入ってて。磯辺揚げはもちろんなんですが、俺は付け合せのこの卵焼きが特に好きです」

そう言って、彼がお弁当から箸で摘んだ卵焼きは紛れもなく私が作ったもので、私は途端にむず痒くなってしまった。

「〜っ、ありがとうございます!卵焼き、私が作ったので本当に嬉しいです」

「え、苗字さんの手作りですか!?」

何故か少し嬉しそうに彼はへぇ、と頬を緩ませて卵焼きを口に放り込んだ。
自分から作ったなんて言っておいてなんだけど、味が大丈夫だったか急に不安になってくる。

「ん、ウメェなァ」

「よかったです!」

「卵焼きって上手く形にするのが難しいですよね。その上綺麗な焼き色にしていて・・・。本当に尊敬します」

「不死川さんも料理されるのですか?」

「兄妹が多くて。下の子たちによく簡単なご飯を作ったりしてました」

「優しいお兄さんなんですね」

下の子達に慕われながら、わいわいとした中でご飯を作っている不死川さんを想像して思わずくすりと笑みをこぼす。

「あ〜・・クッソ可愛い・・」

「?何か言いました?」

「いえ、何も。ご馳走様でした」

あっという間にお弁当を食べ終わり、不死川さんは丁寧に手を合わせた。
細かいけれど、こういった小さな所作がとても素敵だなぁと見惚れていると、すみませんとお客様の呼ぶ声がした。

「はーい!」

返事をして、出ていこうとすると不死川さんも立ち上がった。

「また、明日うかがいますね」

ぽんと頭に優しく手のひらを置いて、柔らかく笑った不死川さんは去っていく。

『どうしよう・・・私、すごく、ドキドキしてる・・・』

あの男性に触れられた時と全く違う感情に、熱を持った頬のまま私はお客様のところに飛び出した。

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会社に戻った俺はこの上なく上機嫌だった。
朝から彼女と会話することができた。
昼は何気ない内容だったが会話を交わすことができ、しかもいつも食べている弁当の卵焼きが彼女の手作りだったという真実に心躍らせる。
そして、去り際、思わず出てしまった掌で彼女の頭に触れることが出来るとは。
受け答えの最中の彼女の一挙一動をつぶさに思い出しては反芻して、ニヤける顔を止められなかった。

「はぁーーーーー、めちゃくちゃ可愛かったァ」

「その調子じゃ、例の弁当屋の子とうまくいったみたいだなぁ」

宇髄がニヤニヤとしながら近づいてきても今日はどうでもいい。
むしろ朝から会いに行け、見守りがてら昼は一緒にいろとアドバイスをくれたことには感謝しなければ。

「じゃぁ、次のステップに頑張って進むんだな」

「次のステップ?」

「そんなの決まってんだろ、デートだよ、デート」

短い休憩や、昼休みの間だけでも苗字さんに会えるだけで、俺には幸せだったが、宇髄は、はぁー、この恋愛初心者が、ピュアかよと深いため息をついた。

「さっさと彼女にしとかないと、こないだみたいな変な輩にからまれるだろうが」

「・・・・それは、よくねェなァ・・・・」

また苗字さんの腰に当てられる手を思い出して、俺の青筋がビキリと増える。
あんなに怯えた彼女を見たくないし、むしろ他の男には今後一切触れさせたくない。

「とりあえず・・そうだなぁ、無難に映画にでも誘ってみるのはどうだ?」

「ンなこといっても、向こうの趣味なんて全く知らねェしなァ・・」

今日やっとこさ、ランチ時間の短い時間に少し会話をしただけだ。

「好きなもんとか知らねぇの?」

「今日やっと会話したばっかだぞォ」

お子ちゃまにはまだ荷が重かったわねっ、なんて言ってくる宇髄を張り倒しそうになるのを押えながら、なにか情報がないかと考える。

「あ、そういやこないだ電話番号を交換したからラインつかえるんじゃね!?」

いっそのことラインで聞いたら早いじゃねーか、と嬉々として思いついたようにいう宇髄に言われるがまま、ラインの画面を開く。

「新着の友人」に、苗字 名前の名前を見つけて、俺は心臓が跳ねるのを感じた。
携帯画面に苗字さんの名前が出るだけで、にやける顔を止められない。

「いやだから、中学生かって・・」

少し呆れた様子の宇髄と一緒にスマホの画面を覗き込んだ。
苗字さんアイコンは可愛らしいパンダのキャラクターで、お店のマークと同じくパンダが好きなのだろうか。
ふと載せてあるプロフィールに、目を通していると重要なことに気がついた。

「・・・苗字さん、再来週の月曜日が誕生日だ」

「マジかー!いいじゃん、プレゼントを渡してアピールするチャンスじゃん!」

自身は土日が休みのため、前日の日曜にデートに誘えればそこでプレゼントを渡せそうだ。
横でギャアギャアと煩い宇髄は置いておいて、何をあげたらいいものかと俺は思案した。

「不死川・・・」

「わっ!悲鳴嶼さん」

宇髄と話していて、後ろから急に現れた悲鳴嶼さんに全く気付けなかった。

「すんません。うるさかったですね」

大柄な悲鳴嶼さんに覗きこまれ、その圧力耐えながら気づかぬうちに声が大きくなっていたかと反省した。
怒っているかと思った悲鳴嶼さんはふっと柔らかい表情になる。

「いや、お前に教えてやろうと思ってな・・。そのアイコンのパンダのキャラクター、今コアなファンも多い深夜アニメのキャラクターだ。そして都合のいいことに、今そのアニメの続編が映画化され、上映されている」

少し口角を上げながら、イメージにそぐわない詳しいアニメ情報をぶっこんでくる悲鳴嶼さんに宇髄と思わず目を合わせた。



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