通りすがりの運命と 04



※ほんのりさねカナ要素あり※






その次の日も、その次の日も、不死川さんはお昼にパトロールも含めてお弁当を食べに来てくれた。
お昼休みの時間といっても、私は仕事をしながらなので話ができるのは長くても10分か15分くらいだ。
たったそれだけの時間のために貴重な昼休みにわざわざ来てもらうのは申し訳ないなって思うのに、不死川さんはいつも帰り際に満足そうな顔で「また、明日」って言ってくれるから、次回を期待してしまう自分がいる。
昼休みの短い時間を一緒に過ごせるのは私にはとても楽しみになっていて、それどころかもっと不死川さんのこと知りたい、話したいという気持ちまで芽生えていた。

日々の少ない雑談の中で、不死川さんは私の2つ歳上ということや、嬉しいことに私と同じで海外のミステリードラマを見るのが好きだということを知った。
周りの友達でもあまり知る人がいない海外ドラマの名前が不死川さんの口から出た時は、思わず恥ずかしいくらいに反応してしまった。
もう15年前くらいの作品で、今やシーズン6まで新しくなっている作品のシーズン1の話だった。

「苗字さんが、あのドラマのシーズン1が好きだなんて意外でした」

「私もまさか不死川さんとこのドラマの話ができるなんて思ってもみませんでした。周りで知ってる人もいなくて」

大好きなエピソード5の主人公の鮮やかなアリバイ崩しについて話せたことがとても楽しくて、危うく仕事中ということを忘れるところだった。

「苗字さんの最近、オススメのドラマはありますか?」

「えっと・・・アニメなんですが・・・」

不死川さん、知らないだろうなぁと思いながら、今大好きな深夜のミステリーアニメの名前を出す。

「あァ。それ、俺も見てます」

「えっ!?本当ですか!?」

そんな一言が返ってくると思わず、目を輝かせた。
不死川さんがアニメを見てるなんて全く想像もしてなかった。



「すみません」

ふと声をかけられて振り向いた。
共通の話題に盛り上がり過ぎて、お客様が来たことに気づかなかった。
はっとテーブルを見れば、スーツを着た男性がお弁当を持ち上げていた。

「はい!」

慌ててお弁当を受け取る私と同じように、不死川さんも時計を見て焦った顔をする。

「また明日なァ」

いつもの言葉を置いて、少し微笑んだ彼は走り出した。

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次の日、いつものようにお弁当を食べ終わった不死川さんは、丁寧にビニールに弁当の空箱を入れていた。
気持ちよく空になったお弁当に笑みを溢せば、ふと、不死川さんは顔を上げる。

「そういや、苗字さんの休みはいつなンですか?」

「毎週日曜が定休日で、あとはシフトでバラバラです」

今日は弁当の売れ行きもよく完売のため、路面に広げたテーブルを片付けながら不死川さんと話をしていた。

「じゃァ、今週の日曜は暇ですか?」

「特に用事はありませんが・・」

「実は余ってるからって映画チケットを貰ったんです。・・・良ければ、一緒に行きませんか?」

今?なんて?私、不死川さんに誘われた?

「・・・え・・私と、ですか!?」

思いもよらぬ急な誘いに、変に声が裏返る。
驚きのまま不死川さんを見れば、彼は少し迷うような雰囲気で押し黙った。

「あ、えーっと・・」

宙を泳いでいた視線は、急に何かを思い出したようにこちらを向いた。
その紫の瞳と視線が絡むだけで、心臓が跳ね上がる。

「あの・・・苗字さんも好きっていってたミステリーアニメの映画のなンですが」

「ええっ!?あのアニメの分ですか!?ぜひ行きたいです!」

思わず、大好きなミステリーアニメの名前が出て、私は食い気味に答えた。
くくっと喉を鳴らす不死川さんに、はっと我を取り戻す。

「本当にあのアニメ好きなんですね。確かに色々と伏線回収、謎解きも凝ってますもんねェ」

「そうなんですよ!アニメもいいところで終わってしまったので、続きが気になってて・・」

「決まりですね。また詳細はラインします」

そういって、不死川さんは時計をみて、慌てたように立ち上がった。

「また、明日」

「はい!」

そういって手を軽く振って去っていく不死川さんを見ながら、何気ない会話を不死川さんが覚えてくれていた事実に嬉しくて心が温かくなる。
同時にふと、気づいた。

「・・・2人で映画ってデートじゃない・・・?」

瞬間、私の顔面は火が出そうなほどに真っ赤になった。

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苗字さんをデートに誘おうと計画していた数日、俺はずっと寝不足だった。
多分、会社のプレゼンだってこんなに緊張しない。

数日前に悲鳴嶼さんが机の上にどさりと持ってきてくれたのは、苗字さんが好きだと言っていた深夜アニメのブルーレイ全巻だった。

「予習が必要だろう?」

そういって、にこやかに去っていく悲鳴嶼さんに感謝しつつ、徹夜でアニメを見終わった。
正直アニメと聞いていて侮っていたが、良く作られた内容で気付けばのめりこんで最後まで一気に見終わった。

元々、海外のミステリードラマは好きでよく見ていたことが功を奏し、苗字さんと共通の趣味を見つけることができた。
そこから、例の深夜アニメの話に持っていき、デートに誘うだけ・・・なのだが。

「チケットもらったから一緒にいきましょーって言ったらいいだけだろ」

宇髄にアドバイスを求めたが、こんな風にぞんざいに言われるだけ。
そんなふうに言えるならわざわざお前に聞かねェよと悪態をつきつつ、舌打ちして自分のデスクに戻る。
正直、苗字さんを前にして、簡単に誘えるかめちゃくちゃ不安だった。

帰宅後、一人、デートに誘う流れを予行練習をする。
まずは休みを聞いて、多分弁当屋の休みは日曜だろうって煉獄の話だったから、今度の日曜は休みか聞いて、暇ならチケットもらったので一緒にいこう、と誘うとー
1人流れを考えてはぶつぶつと誘う練習をしてみた。
笑顔で嬉しそうに返事をしてくれる苗字さんが、浮かぶとこちらも自然とにやりと笑ってしまう。
いやいや、そんなにうまくいかないかもしれない。
俺と行くことに少しでも拒否の反応が出たらどうしよう。
困ったような苗字さんの顔が浮かぶと、もう、居てもたっても居られないくらいに心臓がギュッと痛くなる。

「ハァ・・・大変だなァ・・」

ちょっとしたことで心がまるでジェットコースターに乗ったように、激しく揺さぶられる。

今まで何度か幸運なことに、付き合ったり恋愛事もそれなりにしてきたつもりだが、こんなに心が動かされることはなかった。

「・・・マジで中学生かよ」

少し前に実家で彼氏と喧嘩したと泣いている中学生の妹の寿美のことを思い出し、なんだか同レベルで笑ってしまった。

この年で初恋とは、おおっぴらには言えないが、苗字さんと出会えたことに感謝しないといけない。
そうでないとこんな感情は知ることはなかったのだから。
少し息を吹き出して、再度誘う為の計画を再度練り直した。



デートに誘うための計画実行の当日、今までにない緊張に包まれつつも、悟られないように自然に自然にと練習した通りに話を進めていく。
一緒に行かないかという誘いまでは計画通りだったのに、苗字さんの返答に少し間があった事に、一気に焦りが出てしまう。
必死に冷静になるように努めて、練習を反復した。
最終的に苗字さんと一緒に行くという返事を少し強引に引き出した。
「俺と映画に行くこと」よりも「アニメの続きが見れる」ってことに食いついていた様子の苗字さんだったが、もうそんなことはどうでもいい。
日曜に一緒に映画デートに行くという約束をすることができて、俺は上機嫌で会社に戻った。



「その調子じゃ、デートのお誘いうまくいったみたいだなぁ?」

部署のドアをあければ待ち構えたような宇髄と悲鳴嶼さんが居て、俺は思わず瞬きをした。

「あァ」

自席に座りながら、悲鳴嶼さんに借りていたブルーレイを返す。

「すげー役に立ちました。ありがとうございます」

「南無・・・健闘を祈る」

そういって笑顔で立ち去る悲鳴嶼さんの背中を見ながら、後ろで質問攻めでうるさい宇髄をどう沈めてやるかを思案した。

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昨日の不死川さんからの急なデートのお誘いで完全にキャパオーバーした私はよく寝れず、危うく仕事に寝坊するところだった。
何着て行こう、髪はどうしよう、化粧だってまともに最近してない・・。
悩みは起きてから仕事しながらも、いまだに尽きなかった。



そんな感じでぼんやりとお弁当を広げていれば、可愛らしい女性2人組に声をかけられた。

「こんにちは。お弁当見てもいいかしら?」

「はい!もちろん、どうぞ!」

1人はピンクに緑の綺麗な桜餅みたい三つ編みをしていてとても可愛らしい女の子。
お弁当みながら、美味しそうと今にも涎が出そうな顔で見てくれている。
もう1人は、美人というならこういう人なんだろうなっていうくらいのとても綺麗な人。
にっこりと笑顔で、こんなところにお弁当屋さんあったなんて知らなかったわぁとお弁当を選んでいる。
綺麗に淡いピンクのネイルの手が、お弁当を眺めていたが磯辺揚げ弁当を持ち上げて止まった。

「あら、このお弁当。実弥くんが買ってきてくれたお弁当だわ」

「えっ・・」

知っている名前が呼ばれ、弾かれたように反応してしまった。
不死川さんの、下の名前・・・。

いやいや。

まだ不死川さんだと決まったわけじゃないし。
同じ名前の別人の可能性もあるのだしと、1人意味もなく心の中で言い訳をする。

「不死川さんにですかっ!?不死川さん、このお弁当屋さんでいつも買ってたんだわ!いつも美味しそうなお弁当ですねって言っても詳細を教えてくれないんだから!私にも紹介してくれてもいいのに」

ピンクの髪色の女の子が怒ったように、頬を膨らませてる。
「不死川」って苗字はかなり珍しいし、それに下の名前まで同じならやっぱり不死川さんの知り合いなのだろう。
2人の首からかかっている社員証をそっと見れば不死川さんと同じ企業名が目に入った。

この美人さんに、下の名前で呼ばれている不死川さん。

2人はどういう関係なんだろう。

「この間、実弥くんが食べてた磯辺揚げ弁当が美味しそうって言ったら、買ってきてくれたの」

「その時私、ちょうど外で会議だったんですよー!だからお弁当も買ってもらえなくて・・。今日はたくさん食べちゃおう」

そういってピンクの髪色の子は6つも弁当を手に取りお会計お願いします!と差し出した。

「ありがとうございます」

まさか全部1人で食べるわけないし、ほかの人にも、あげるのかなぁなんて思いつつ。
お箸も6膳入れておいた。

「私はこれください」

そういって髪の長い美人さんが差し出したのは磯辺揚げ弁当だった。
受け取ってお金の代わりにお弁当の入ったビニール袋を渡す。

「前いただいた時にお弁当、とっても美味しかったからまた来させてくださいね〜」

ニコニコと女性の私でもうっとりしてしまいそうな笑顔で、軽く手を振ると2人は行ってしまった。

『絶対、不死川さんの知り合いだったよね』

「実弥くん」、と下の名前で呼んでいた美人さんの事が、気になって仕方ない。

もしかして、恋人、なのかな・・。

そういえば、彼女とかいるのかなんて不死川さんに聞いたことはない。

私の事をあんなにかまってくれてるし、まさかまさかで映画にまで誘ってもらったし、都合の良い様に勝手にいないんだと思い込んでいた。
とても面倒見の良さそうな彼だから、すこし私は舞い上がりすぎていたのかもしれない。

「すみませーん、これください」

お客様の声でハッと我にかえる。
目の前には男性が1人唐揚げ弁当を指さしていた。

自分一人で考えておきながらズキズキと痛む心を、押し込んで無理矢理に笑顔をつくった。

「はい!ありがとうございます」



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