通りすがりの運命と 05




「それ、遊ばれてるんじゃないのか」

夕飯時、兄さんにぽつりぽつりと今までの不死川さんとの出来事を話せば、想像通りの返答があって私は顔を歪ませた。



昔ながらの弁当屋の店舗の裏が私の実家になっている。畳に障子、壁は土壁。
どっしりと重そうな茶色い家具の上には、どこで買ってきたのかわからないお土産の人形たち。
紐式の蛍光灯の先には年代物の、我が家のマスコットキャラクターがついている。

全て父が生きていた時から変えずに、昭和の香り漂うまま引き継いで住んでいる。
5畳の狭い畳の部屋の中でこじんまりとした丸いちゃぶ台を挟んで見合いながら兄さんと夕飯を食べるのが毎日の日課。
夕食は大体が弁当の余りもので、それに汁物と漬物を付けるのが苗字家のいつものご飯だった。


「下の名前で呼んでるなんて、絶対良い仲にきまってるじゃないか。しかもめっちゃ美人で、あの大手企業の社員さん同士なんだろ?普通に考えたら恋人だろ」

何事もないようにもぐもぐとご飯を食べながら、率直な意見をしてくる兄さんに私は口ごもる。
『恋人』との発言に一層抉られた様に喉の奥が痛くなるのをごまかすように、口にご飯を放り込んだ。

「そうかなぁ・・・。何か事情があって呼んでるのかも・・・」

「事情って?」

「それは・・・今は、思いつかないけど・・・」

兄さんが言っているのはド正論で、自分も心のどこかで何度もそうなんじゃないかって疑念を抱いたことだった。
でも、あの優しい不死川さんが恋人がいるのならわざわざ私をかまってくれる意味がわからなくって。
きっと恋人じゃないって信じたい自分がいた。

「名前・・・。きっと田舎者のお前をみて、相手もからかいたくなっただけだぞ。本気にすると痛い目見るのは自分だからな」

「・・・わかってるよ・・・」

関わるな、との兄さんからの遠回しなメッセージを受け取りつつ、味のしない磯部揚げ飲み込んで私は箸をおいた。




弁当屋の朝は仕込みやらで早いのでそろそろ寝ようと自室に行くと、スマホにラインが届いていた。
誰からだろうと覗き込めば、その差出人の名前にドキリと胸が鳴る。

『!不死川さんからだ・・!』

急いで内容を開けば、軽い挨拶と共に日曜の予定が書かれていた。

『キメツ駅前に10時、集合かぁ・・・』

本来なら嬉しくて、すぐに返信しただろうが今日の事があってなんとなく気が進まない。

布団に潜り込んで、何度もメッセージを見返した。
やっぱり、不死川さんに明日、美人さんが呼んでた名前のこと聞いてみよう。
モヤモヤを吹き飛ばすように1人頷いて、『大丈夫です。よろしくお願いします』と返事をした。

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次の日、本来ならデートの約束をして初めて不死川さんに会うので、嬉しいやら恥ずかしいやらで舞い上がっていたであろう私の心は、地の底に沈んでしまったように重かった。
あの美人さんと不死川さんの関係をはっきりさせないと、きっと映画どころではない。
喉に刺さった棘の様に気になって、あんなに楽しみなデートに集中できない。

本人に聞いてみようと思ったものの、不死川さんから「恋人じゃない」と言われたところで、それが本当のことなのかは私にはわからない。

『うーん、どうしよう・・・』

こんなモヤモヤして気持ちのままで、一緒に出かけるなんて出来ないよ・・。
良い解決方法も浮かばないまま、私は気を紛らわすようにお弁当屋の仕事に戻った。



「こんにちは〜」

お昼時間のバタバタと忙しい時間の最中、可愛らしい声にはっと顔をあげる。
思い当たった通り先日の美人さんと、ピンクの髪の可愛らしい2人組がそこにいた。
先日と同じように仕事中なのか、手を振りながらオフィスカジュアルな姿の2人はお弁当を眺めてくれていた。

「この間のお弁当も美味しかったです!全部食べちゃいました」

ピンクの三つ編みの子は力強く力説するように話してくれる。

「えっ!?全部!?6つ、全部ですか?」

驚きながら、その細い体のどこにそんな量が入るのか不思議に思う。

「私も磯辺揚げ弁当美味しかったわぁ〜」

「あ、ありがとうございます!」

美人さんの眩しいくらいの笑顔を直視できず、思いっきり頭を下げながら自分の足元を見つめた。
足元に履き古したスニーカーが見える。
小綺麗な2人に比べ、私はいつもTシャツにパンツ姿でなるべく動きやすさを重視した服装だ。
可愛いや、綺麗からはかけ離れている。

『遊ばれてるんじゃないか』

昨日の兄さんの言葉が不意に浮かんできて、手元のエプロンをギュッと握り締めた。

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苗字さんの弁当屋に行くのに、俺はめちゃくちゃ浮かれていた。
なんせ、あんなに思い詰めていたデートのお誘いに成功したのだ。

今日は何を話そうか。

詳しくデートのプランを話すのもいい。

食事をするなら好きな食べ物も聞いておきたい。



浮かれた気持ちのまま、いつものように苗字さんの弁当屋にきたところで、見知った後姿を見つけ俺は声をかけた。

「胡蝶先輩、甘露寺」

2人は振り向いて俺をみると、胡蝶先輩は軽く手を振っているのに対し、甘露寺はなぜか頬を膨らませ怒っている。

「珍しいっすね。本社の方にいるの」

「実弥くん、こっちで会うのはお久しぶりね〜」

「不死川さん!酷いですよ!こんな美味しいお弁当屋さんのこと秘密にするなんて!」

怒っている甘露寺を軽くいなしつつ、胡蝶先輩に頭を下げた。
2人は普段、業務の関係で他の局に居ることが多く、あまり本社にはいない。

「今日は呼び出しがあって本社に顔だしたの。あとお昼ご飯の買い出しよ」

「そうっすか」

何故か俺が苗字さんの弁当の常連だってことがバレているみたいだが、そんなことはどうでもいい。
近づいて苗字さんと目が合えば、いつもの笑顔はなく気まずそうにすっと逸された。

え?何故だ。

途端に冷や汗が滲みでる。

俺、何かしたか?

いやいや思い当たる節はない。
もしかしたら俺が同じ会社の人たちといるから気まずいのかもしれない。
そう思った俺は、とりあえず胡蝶先輩と、甘露寺に早く弁当を買って会社に帰ってもらうようにしようと心に決めた。

「実弥くんのオススメはある〜?」

迷ったように弁当を選ぶ胡蝶先輩。
弁当より何より、俺は前々から何度も言っている事を再度ぶつけた。

「・・・胡蝶先輩、その「実弥くん」って呼び方、前から言ってますがやめませんか」

「あら〜。どうして?」

悪気のなさそうな顔でニコニコと胡蝶先輩は笑う。

「だって弟の玄弥くんがうちの部署にいるから〜。「不死川くん」だとかぶっちゃうじゃない?それに「さねみくん」のほうが短くて呼びやすいし」

全く変える気はないという笑顔に、俺はため息をついた。
この提案をするのももう数度目だ。
その度に、合理主義の彼女が変えるつもりがないのは意に介さない笑顔を見れば明白だった。

「おとう、とさん・・」

声を発したのは苗字さんだった。
視線が合うと驚いたように何度も瞬きを繰り返している。

「ふふふ、そうなのよ。実弥くんの弟が新しく私の部下として配属になってね〜・・と、あまりおしゃべりしてたら昼休みなくなりそうね。今日は野菜炒め弁当にしようかしら〜」

「私は今日も6つ、いただきますね!」

そう言って2人は慌ただしくお金を払うと、急足で帰っていった。



「・・すいません。なんだか騒がしくて」

2人きりになると途端に静かになり、急にデートの約束したんだったって事実を思い出して気恥ずかしくなる。
苗字さんは胸元で手を握りしめたまま、はっと気付いたかのように、首を振った。

「いえ・・とても楽しそうな、仲の良い職場なのですね」

「いや、まぁ。・・・そうですね」

楽しいとの言葉に職場の面々が浮かんできて、たしかに飽きはしないなと思う。

「今日も磯辺揚げ弁当もらいますね」

「はい、ありがとうございます」

「よければ、弁当食べながら、日曜の事を少し話せればと思うんですが・・・いいですか?」

「あ・・はい」

何故か一瞬、苗字さんの迷ったような素ぶりで、俺は一気に地獄に落とされたような気分になった。

ラインの返信ではいいって返したけど、やっぱり一晩寝たら俺と行くの嫌になったとか?

誘い方が強引だったのか?引かれた??

元々自身が見かけもあって人に好かれやすいタチではないのはわかっている。
やっぱり行けない、なんて断られてたらどうしよう。
とりあえず、宇髄と悲鳴嶼さんを誘って朝まで飲む事は心に決めた。
帰りに土手から川に飛び込まないようにしなくては。

1人心の中で半分泣きそうになりながら、心ここに在らずな状態になっていると、あのっ!と苗字さんの声で、現実に引き戻された。

「わ、私すごい勘違いしてて・・。不死川さんに失礼な事を思ってて・・。本当にごめんなさい!」

そういって勢いよく頭を下げる彼女を見ながら、俺は意味がわからず混乱するばかりだった。

「苗字さん、とりあえず頭上げてください。何をどう勘違いしてたのか聞かねェと何もわからねェ」

慌てて顔を上げさせれば、彼女はバツが悪そうにぽつり、ぽつりと話してくれた。



胡蝶先輩が俺のことを「実弥くん」呼びしていて、俺の恋人だと思ったこと。
映画に誘ったのも、恋人がいながら遊びとして誘ってきたのではないかと疑っていたこと。

「さ、さっき、弟さんが同じ部署になったから下の名前で呼んでるって聞いて・・あぁ、違ってたんだって気づいて・・」

疑ってごめんなさい、と再度申し訳なさそうに謝る彼女に、俺は気にしないでくださいと声をかけながらも、にやける顔が止められないほど、もうそれはそれは心の中が喜びで満ち溢れていた。

よかった。嫌われたわけではなかった!

むしろこれは俺のことを意識してくれてるって良い前兆なのでは?

勝手に自分の良い方向に考えていく頭に喝を入れながら、改めて頭を下げる苗字さんの顔を上げさせた。

「いえ、俺のほうこそ誤解させたようですみません。ですが、誓って恋人なんていません」

むしろ好きなのは目の前の貴方です、とは言えないけど。

「ええ、勝手に勘違いしてごめんなさい」

その後も何度も謝ってくる彼女のに、キリがないので俺は聞きたかったことを提案した。

「じゃァ、疑ったお詫びに俺の質問に答えてくれます?」

「はい!私の答えられることなら!」

「・・・好きな食べ物は何ですか?」

そう聞けば、彼女はキョトンとした顔で止まった。

「・・・良ければ、日曜の食事の参考にしたいンで」

不思議そうな視線に耐えられなくて、思わず漏らせば、あ!えっと、そうでした!と苗字さんの顔がみるみる赤くなって、思わず俺は笑ってしまった。



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