通りすがりの運命と 06



約束の日曜日。
俺は朝から居ても立っても居られなくて、待ち合わせ時間の1時間前に約束の駅に到着した。
待ってる間、そわそわと落ち着かない。
それらしい女性の姿を見つけるたびに上がる心拍数を抑えるのに必死だった。


先日、彼女に聞いた好きな食べ物の回答は「洋食が食べたい」だった。
いつもお弁当を目にしてるからたまにはオムライスとか洋食が食べたいなって、と照れた様に笑う苗字さん。
可愛すぎて鼻の下が伸びそうになるのを必死に堪えながら、いいですね、なんて気の利かない返事をするのがやっとだった。

会社に戻り早速、ランチに合いそうな洋食屋を探しているとまた例に漏れず、宇髄がパソコンを覗き込んでくる。

「ほほぉー。なるほどなるほど、昼ごはんは洋食かな」

「あっち行ってろォ」

しっしっと手を振りながら再度リサーチしていると、良さそうなお店を見つけて早速メモを取る。

「・・・って、ちょっと待て!そこって、高級レストランじゃね?!」

目ざとく情報を見た宇髄が再度、椅子のまま寄ってきた。

「や、お前、張り切ってるのは分かるけど初めてのデートでコース料理はないだろ」

「でも美味しいって口コミもいいみてェだぜ?」

「相手がビックリすんだろーが!ましてや奢ってやるつもりだろ!?そんなの向こうは恐縮して、もう2回目のデートはないかもしれねーぞ」

「・・・それは、困る」

苗字さんに良かれと思って高いところを選んでいたが、どうもそれではいけないらしい。
今まで自分からデートに誘ったり、デートの計画なんてしたことない俺には未知の領域だった。

「じゃぁ、どういうところならいいンだよ」

痛いところを指摘され、少し苛つきが態度に出ているとピコンと携帯が鳴った。
見れば斜め向かいの席の伊黒からだった。
内容を見るとデート場所近くの手頃な洋食屋のリストがずらりと並んでいる。
顔を上げればバチリと伊黒と目が合う。

「甘露寺と行っておいしかった店だけ、目星をつけて送った。誤解するな。お前らがぺちゃくちゃ煩いと仕事の邪魔だからな」

「・・ありがとなァ」

口ではなんとか言いながらも優しいフォローにありがたく思いながら、リストのお店の中から良さそうなお店を選ぶことにしたのだった。

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「不死川さんっ!」

スマホで再度お店のチェックをしようと視線を落とした矢先、耳に届いた聞きたかった声色に思わず弾かれた様に顔を上げた。
少し遠くから、遠慮がちに手を振る苗字さんを見つけた。
休日の日に会えるだけでも嬉しいのに、今日の苗字さんの格好に思わず息を呑む。
仕事の時は結ばれている髪は下ろされていて、いつものラフなパンツスタイルと違い淡い色のワンピース姿だった。
小走りに彼女が走ってくる姿からずっと目が離せない。

苗字さんは近くまでくると、「すみません、お待たせしました」と、上目がちに覗いてくるから、もうそれだけで俺は色々とキャパオーバーしそうだった。
少しヒールのある靴なのか、いつもより視線が高くて、近い。

「いえ・・・待ち合わせの時間よりまだ前ですよ。俺が早く着いてしまっただけです。あと、その、格好・・・」

俺が軽くいえば、苗字さんは弾かれたようにワンピースの生地を掴んで恥ずかしそうに下を向いた。

「!やっぱり、へ、変ですよね。スカートなんて履くの久しぶりで・・・」

ということは何か。今日のデートのためにわざわざ着てくれたということか。

自身の都合の良い解釈に笑いながら、心配そうに眉を下げる苗字さんに声をかける。

「いや、可愛いです。とても似合ってる」

「!あ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「本気ですよ」

顔を真っ赤にして嬉しそうに慌てる彼女に、心臓の脈が速くなる。まだデートは始まってもないのにこんな感じで大丈夫なのか、俺。


「・・さて、映画館にいきましょうか」

胸の内を悟られまいと歩き出そうとする俺に、あの、と遠慮がちな苗字さんの声が届く。

「あの、お願いがあって」

「?なんでしょう?」

付き合ってください、なんて言われたら、即刻抱きしめてオッケー出すんだが。

妄想をひたすら繰り返す惚けた頭を、心の中で叩きながら苗字さんに向き直った。

「良ければ、敬語を止めてもらえませんか?不死川さんの方が年上ですし・・」

おずおずと深刻な顔で提案してくる彼女のお願いは、意外なもので俺は彼女の表情と内容のギャップにくすりと笑ってしまう。

「敬語じゃない方が仲良くなれるかなぁ・・なんて」

気を悪くされたらすみません!と付け足すように続ける苗字さん。
仲良くしたいと思っての提案が、この上なく嬉しい。

「なら、俺からもお願いがあるンだがァ?」

「なんでしょう?」

「名前で呼んでもらえると嬉しい。それに俺も良いなら名前で呼ばせて欲しい」

「え?!よ、良ければ、ぜひ」

まだデート前なのに、よろけそうなほど顔が真っ赤な彼女をみてますます愛おしさが募る。

「じゃぁ映画館に向かうかァ、名前さん」

「はい!実弥さん」

そう呼ばれて、彼女に見せられないほどに顔がニヤけたのは内緒だ。

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映画館に着くと飲み物だけ購入し、あらかじめ予約していた隣同士の席に座る。
これから上映されるアニメの話を2人で話しているとすぐに上映時間になり、館内が暗くなった。
手を伸ばせば届きそうなほど近くに名前さんがいるってだけで、心臓が破裂しそうだったけど、映画が始まれば一気に内容に引き込まれていた。
ふとした時に名前さんをチラリと盗み見れば彼女も前にのめり込む様に映画に集中していた。
集中して映画を見ている真剣な顔は、またいつもと違う表情で映画以上に惹かれてしまう。
いけない、、と、また映画に目を戻した。
そして、アニメの最後は意外な黒幕と、その黒幕の敗北で幕を閉じた。


「はぁー!なんだかスッキリしました。まさか黒幕があのキリンさんだったなんて・・」

「流石にそれは思いつかなかったなァ」

映画館を出るまでも、2人とも興奮がおさまらなくて、ずっと映画の感想に夢中だった。
特に名前さんは側からみても一目でわかるくらいに興奮していて、普段とのギャップがまた俺の気持ちをグイグイと押してくる。
そんな名前さんをじっと見つめていれば、バッチリと目が合って、見つめていた事実に恥ずかしくなる。

「あ、昼だなァ。予約してるから昼飯行こう」

「え?わざわざ予約してくださったんですか?嬉しいです。ありがとうございます」

またふんわりとした名前さんの笑顔が直視出来なくて、俺は不自然に首を回す。

「?どうしました?」

「いや・・店、あっちだったかなと思って」

スマホに目を落として、伊黒のリストに載っていた店へと歩き出した。

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店に入り、予約したと名前を伝えれば奥のテーブル席に案内された。
今風のおしゃれなカフェだが、味は一押しと甘露寺のお墨付きとのこと。
お店オススメのオムライスを2人で頼む。
食事の待ち時間もやっぱり2人共通のドラマの話しで、ずっと話が尽きることはなかった。
楽しそうに映画の感想や好きなドラマの話をしてる名前さんの笑顔はずっと見ていて飽きない。

『ずっとこんな時間が続けばいいのになァ』

じわじわと胸に広がる温かい気持ちに、そんな乙女チックな思いを覚えた頃に、オムライスが運ばれてきた。

「!美味しいですね!」

いただきますと手を揃えた後、もぐもぐと夢中で食べながら、このデミグラスソースが濃厚・・何入れてるのかなぁと思わず仕事の様に考察を始める名前さんに俺は笑ってしまう。

「気になるもンかァ?他社のこと」

「それは・・職業病みたいになってしまって。そういえば、実弥さんのお仕事って具体的に何してるんですか?」

「んー?内緒」

「ええ?!」

そんな他愛もない話をしていればすぐに食事も終わってしまって、お店を後にする。

思っていた通り、ランチは奢るといえば彼女は頑なに拒否を示したので、件の高級レストランにしなくてよかったと思う。
彼女に金銭的な不安を抱かせるのは避けたかった。宇髄に心の中で感謝する。

「次回があれば、今度は名前さんの奢りの番なァ」

といえば、少し照れた様に名前さんは財布から手を離した。

良かった。
次回のデートを拒否されなくて。



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