通りすがりの運命と 07
楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ。
さっき会ったばかりだという気もするが、気づけば辺りは暗くなり、名前さんはまた明日から弁当作りで朝が早い事もあって解散する事になった。
キメツ駅まで名前さんを送る道すがら、言いようのない寂しさに襲われる。
『また明日、必ずお弁当屋に会いに行く』
勝手に心に決めつつ、隣を歩く名前さんに視線を落とせば、どうしました?と不思議そうに視線を上げる名前さん。
視線が合えば名残惜しい気持ちが沸き立って、いや、何もと軽く気持ちを誤魔化した。
駅近くの公園に来た時、俺は立ち止まった。
日曜の夕方とあって、公園内は人はまばらだった。
恋人同士なのか男女で歩いてる人達もいて、自分達もそう見えてたらいいなんて考えてしまう。
不思議そうに少し前を歩いていた名前さんが振り返った。
「実弥さん?どうしました?」
速くなる心臓の音を聞きながら、俺は口を結ぶ。俺の中で、今日のメインイベントだからだ。
緊張で震える胸を押し込めながら、鞄から袋を取り出した。
「名前さん、これ」
小さな紙袋を差し出せば、驚いた表情で固まる名前さん。
「明日、誕生日だろォ?ラインのプロフィールに書いてたから」
「えっ?まさか、プレゼントですか!?」
そんな、そんな!って両手を振って慌ててる名前さんに一歩近づいて、再度プレゼントを差し出した。
「名前さんのために準備したから・・。受け取ってほしい」
「そんな・・本当にいいんですか?」
ゆっくりと名前さんの手がプレゼントを受け取り、しばらく名前さんはじっとその袋を見つめていたが、急に紙袋に隠れる様に顔を隠した。
「・・どうしたァ?」
何か不手際でもあったかと、慌てて顔を覗き込めば、潤んだ瞳の名前さんと目が合って、心臓が早鐘を打つ。
もう、本気で名前さんを抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だった。
「す、すみません。すごく嬉しくて・・なんだか照れてしまって」
側から見ても赤く染まった頬に、こちらまでつられて顔が赤くなりそうだった。
「開けてもいいですか?」
「あァ、趣味にあえばいいが」
喧騒の中、名前さんが小さく鼻をすする音が聞こえ、そこまで喜んでくれていた事実に嬉しくなる。
ゆっくりと丁寧に外されていくテープを見ながら俺は内心、緊張で気が気でなかった。
今まで、これといって女性に贈り物をした事がなかったし、ましてや一目惚れの相手に送るなんて、この歳になって思いもしなかった。
固まった様にじっと成り行きを見守った。
袋を開ける少しの間にも、気に入ってくれるだろうかと、不安ばかりが積もる。
「!可愛いシュシュ!」
名前さんが袋から取り出したのは、淡い色のシュシュだ。
胡蝶先輩と、甘露寺のアドバイスの元、今1番人気らしいブランドのオススメを選んだので間違いない、はず。
「・・もしかして、私が仕事でいつも髪を結んでいるからですか?」
「あァ、仕事中でも使えンのがいいと思って」
冷静を装っているが、名前さんの嬉しそうな顔に、心臓が痛いくらいに早くなってる。
「ありがとうございます」
そう言って名前さんは慣れた手つきで、髪をシュシュで結びあげた。
その一挙一動に目が離せない。髪を降ろしているのも可愛いが、あげているのもいつもの名前さんらしくて俺は目を細めた。
「どうでしょう?」
「最高に似合ってる」
そう一言いえば、嬉しそうに名前さんは顔を綻ばせた。
その笑顔だけで、本当に今日のデートの意義があったと、心の中で何度もよかったと呟く。
「本当にありがとうございました。大切にしますね」
「普段も、使ってくれると嬉しい」
「はい」
そして名残惜しいまま、名前さんと別れ、帰路に着いたのだった。
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家に帰り着き、寝る準備をしながら俺はそわそわと時計を気にしていた。
0時を超えたら名前さんの誕生日になる。そのときに1番にお祝いの言葉を伝えたかった。
0時になって、名前さんに何度も見返したお祝いのメッセージを送る。
送信済みの画面を見ながら、今日のデートを反芻してニヤける顔を抑えていると、会社の仲良い組で作られたグループラインにメッセージが届いた。宇髄からだった。
『送り狼になってねぇかぁ?』
『ウルセェ、ちゃんと送って、別れたわ』
『不死川さん!ちゃんと、プレゼント渡せました!?』
今度は甘露寺だ。皆して俺がいくじなしだとでも思ってんのかとイライラしながらきちんと渡した、と返答する。
『どうでした!?お相手の反応は!?』
『どうって・・普通に喜んでたが?』
『ええーそっかー、お弁当屋さん知らなかったのかなぁ・・・』
意味の分からない甘露寺の返信に俺はスマホ片手に眉を寄せる。
『まぁ、一部の間だけで騒がれてる話だからですね!実はですね、あのプレゼントにオススメしたシュシュなんですけど』
一旦、甘露寺の返信が止まる。なんだ?
『異性に渡す色によって違う想いがそれぞれ込められてるって話題の商品なんですよ!ちなみに、不死川さんがプレゼントした色の意味はー
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翌日。
昨日のデートで興奮覚めやらず、私はあまり眠れなかった。
朝起きれば、0時過ぎに実弥さんからお誕生日おめでとうのラインが来ていて、思わず頬が緩んでしまう。
今回のデートでまさかまさか、誕生日までお祝いしてもらえるなんて夢にも思っていなかった。
しかもこんなブランドものの高そうなシュシュまで頂くなんて。
恐縮する気持ちもあったけど、実弥さんからのプレゼントなんて嬉しくない訳がない。
また昨日もらったシュシュを見つめ、思わず胸元に握りしめていた。
今日はもらったシュシュで髪を縛り、いつもより張り切って弁当屋の仕事を始める。
「苗字さーん!そろそろ始まる?」
「はーい!もうすぐ!」
いつものOLさん2人組の声が聞こえて、慌ててテーブルやお弁当の準備の手を早める。
2人は私の準備する姿を見つめていたが、あっと声を上げて、ニヤニヤとした表情で私を見つめてきた。
「苗字さん、そのシュシュ、彼氏さんにもらったの?」
「え?!いや、彼氏ではないんですけど・・人からプレゼントでもらって・・」
急な突っ込みに思わず顔を赤らめれば、あー!と何かを察した様な2人はまたお互いに顔を合わせて、にやりとしながらまたこちらに向き直る。
「じゃぁもしかして好きな人、とか!?プレゼントしてくれた人、流石ですね」
「え?」
『流石』の意味が分からず、首を傾げれば、あ、知らないんですか?とOLさん達は、嬉しそうにはしゃぎ出す。
「そのブランドのシュシュ、今めちゃくちゃ流行ってて。送る色によって異性の相手に伝えたい想いが変わるって商品なんですよ」
「へぇ、そうなんですね」
流行の雑誌一つ読まない私には全く知らない情報で思わず瞬きを繰り返す。
そんな私に2人は身を乗り出す様にしながら教えてくれた。
「で!苗字さんが着けてるその色なんですけど。異性からの『貴方の事を愛しています』って意味が込められてるんですよ」
「・・・え?」
ぶわりと顔が熱を帯びるのを止められなくて、顔を両手で抑えれば、OLさんははしゃぎながら羨ましそうにこちらを見つめてくる。
心臓の音が煩いくらいに耳の中で響いてる。
たまらず慌てて覆った掌の隙間から、2人組の後ろに同じく真っ赤にした顔を片手で覆う実弥さんを見つけて、私はピシリと固まった。
今の話、聞かれた!?
そんな私の様子に気づいた2人は視線を後ろに向けて実弥さんを見つけると、身を乗り出してこちらに体を寄せてくる。
「え?もしかして、あのおにーさんからもらったんですか?!」
私の沈黙を肯定ととらえたのか、OLさん達はキャイキャイとはしゃぎながらお弁当を買うと、お邪魔しました〜とにこやかに去っていった。
「今日は、は、早いですね!」
実弥さんと2人きりになってしまって、微妙な場面を見られたと先ほどの事を誤魔化すように声をかける。
実弥さんは顔色を落ち着かせて、いつもの様子でこちらに近づいてきた。
昨日のデートのラフな格好もかっこよかったけど、いつもの白いワイシャツ姿もやっぱり様になっている。
「今日は会社のヤツの分も買いにきた・・あと、1番に言いたかった。誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
実弥さんの気持ちが嬉しくて、じんわりと心に広がる甘さに、にやけそうになって顔を抑える。
というか、さっきの会話・・聞かれてない、よね?じわじわと背中に汗をかいていると、また少しの沈黙。
「あの・・・そのさっきの事な「あ!!いや、昨日のプレゼントにそんな深い意味なんてないのは分かってますのでっ!!」
やはりさっきの会話聞こえてたのかと、思わず実弥さんの会話を遮るように大きな声が出てしまう。
「か、可愛いものだったから選んでくれたんですよね?!わ、私も今さっきの話を聞いてそんな隠された意味もあったんだなぁ〜へぇ〜〜なーんて思ってたところで!!残念とかじゃなくて、あの、本当に、純粋にプレゼントがとても嬉しかったので」
実弥さんが話す前に、慌ててこちらから予防線のように話題をふる。
彼の口からそんなつもりは微塵もなかった、なんて言葉が出るんじゃないかと、誤魔化すように捲し立てて喋り続けた。
実弥さんが、私にそんなつもりで渡してないことなんて分かり切ってる事なのに、実弥さんの口からはどうしても聞きたくなかった。
心がぐらりと傷つきそうで。
「名前さん」
実弥さんは静かに名前を呼ばれて、話し続けていた私は思わず口を噤んだ。
しばらく沈黙が続いたが、実弥さんが意を決したように顔を上げた。
「・・・その、深い意味はある、から」
「え?」
どういうことか分からず、実弥さんに疑問の視線を送る。先ほどの戸惑った様子と違い、彼は落ち着いて、こちらを見つめていた。
「プレゼント渡した時はそんな意味があるなんて知らなかった。・・・けど、名前さんへの気持ちは自分の中にはあるので」
言葉としてすぐ近くで耳に届いてるはずなのに、何故かずっと遠くの事の様に聞こえる。
「・・・さっきの、意味の通り、俺は名前さんのこと、好きなんで。俺と付き合ってもらえませんか」
「え・・?」
思わず呆けたような声が出た。
見間違えかと思う程、耳まで真っ赤な実弥さん。
その深い濃紫の瞳の帯びる真剣さに、心を射抜かれて動けなくなる。
堂々とした振る舞いなのに、どこか焦りも感じる声色。
「・・・返事が聞きたい」
「・・わ、私も好き、でス」
緊張のあまりひっくり返った声に口を押さえれば、優しく笑った実弥さんは嬉しいと一言返してくれた。
小さく幸せを噛み締めるように何度も頷きながら今日はもう仕事にならないな、と高鳴る心臓の音に想いを馳せた。
MONOMO