溶け落ちる恋の相対性理論 02





「初めまして!苗字 名前と申します。半年間という短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

職員室の朝礼で皆の前に立ち、深々と頭を下げる苗字先生の様子を見て、軽い形ばかりの拍手を叩く。

彼女への俺の第一印象は「苦手なタイプ」だった。

小柄でふんわりした印象。

まだ年齢も若く、教師としての経験も浅い。

元々の物理の教師だった玉壺先生が、ベテランで堅物だというイメージも相まって、苗字先生の幼い印象が異様に鼻についた。

数日過ごす中で、生徒の少し侮ったような態度や、苗字先生の少し抜けている様子をみて、より苦手だと思った。
教師たる者、生徒には手本になる様にあるべきだし、生徒に小馬鹿にされている様では話しにならない。
案の定、赴任当初は、苗字先生の可愛らしい出立ちに沸き立つ生徒が絶えなかった。

そんな調子で授業が成り立つのか?
学校は遊び場じゃない。
そんな奴が教師なんかしてるから現場全体の雰囲気が悪くなる。

そう思っていたが、意外にも生徒たちからの苗字先生の授業の評価は好評だった。
しかもそれを裏付ける様に物理の小テストでは少しだが平均点が上がったのだ。
まぁ、たまたまそういう簡単な単元にでも当たったのだろう、と俺はやはり彼女の事を認める気にはならずにいた。
職員室でも席も遠く、普段話すこともない。
半年の期限なんてすぐ来るだろう、そうすればもう一生関わることもないだろうと思っていた。

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そんな矢先のある放課後。
その日、俺は難しいと有名な単元の授業で、生徒からの質問や溜まっていた小テストの丸付けで、帰るのがかなり遅くなってしまった。
いつも最後に学校を出る煉獄からも「俺は先に帰るから、最後に職員室の戸締りしてくれ!」と言われ鍵を預かった。
すっかり暗くなった校舎で唯一煌々と明かりのつく職員室の扉をガラリと開ければ、びくりと揺れる影を見つけた。

「わっ!不死川先生・・!」

「苗字先生、まだ残ってたのかァ?」

こんな時間まで仕事を残したのか、効率悪い奴だな、と自分の事は棚にあげ、苗字先生の机まで近寄る。
机の上には沢山の物理の資料が散らばっていた。

「何してるんです?」

「あ、すみません。明日の授業、分かりづらいって有名なところで・・。少しでも分かりやすくならないかなって資料作りしてたらこんな時間でした」

すみません、と再度困った様に笑った顔にただただ驚いた。
まさか、こののほほんとした彼女が教育に熱心に取り組んでいたなんて夢にも思っていなかったからだ。
いや、彼女は元々ずっと、しっかりと取り組んでいた。
それを裏付ける事実は多々あったはずなのに俺が、勝手なフィルターをかけて彼女を見ていたのだ。
事実に気がついて、1人恥ずかしくなる。

「・・熱心なことは良いことだが、流石にそろそろ帰らないと」

「不死川先生、最後の戸締りに来たんですよね?私も帰ります」

慌てて資料をまとめて、職員室から出ようとする彼女の腕を思わず掴んで引き留めた。

「・・・待て」

不思議そうな顔で見上げてくる苗字先生を見ながら、自分でも何故引き留めたのか分からなかった。
でもそこに、少しばかり彼女に対する勝手な思い込みの謝罪の気持ちと、単に彼女に沸いた興味があった。

「外は暗いですし・・。良ければ、車で送りますよ」

「そんな・・大丈夫です。いつもこのくらいになることよくありますし」

「いや、苗字先生に何かあったら困ります。最近つきまといの事例もありますし」

「・・心配してくださって、ありがとうございます。・・じゃぁ、もし、本当に、ご迷惑じゃなければ・・」

「ぜひ送らせてください」

自分でもそんな提案をしたことは意外だった。
苗字先生と職員室を出ると、一緒に車に車で乗り込んだ。
彼女の独り住まいは、車で15分くらいの場所だった。

たった、その、15分。

彼女への誤解を解くのと、無邪気な笑顔に恋に落ちるのには十分な時間だった。



そこから彼女へのアピールを試みようとするも、彼女の任期の期限まで1ヶ月程度しかなかった。
タイミングの悪いことに自身が顧問をしている部活の大会なんかも入り、彼女と学校にいるタイミングも合わず。
自身の気持ちを知っている同僚の宇髄や、胡蝶先生が気を利かせてお別れ会と称し飲み会を開いてくれた。
俺にとっては最後のチャンス。
彼女の隣を確保し、見事、送り狼となった訳だ。
そのまま、もちろん、気を逃す事なく付き合うことになった。



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