情熱のF値



※玄弥とかなたは仲良しな友達設定※







「玄弥くん、こんにちは」

「名前さん、お久しぶりです」

ある日の休日、実弥が急に出勤になったと仕事に出て行った後、少しして弟の玄弥くんが訪ねてきた。
実弥から玄弥くんが来るとは聞いていない。
インターホン越しに実弥がいない事を告げると、借りてたものを返しに来ただけだから少しだけお邪魔していいかと言われたので、2つ返事で了承した。


少ししてマンションの玄関のチャイムが鳴る。
鍵を開ければ私の真前には彼の胸が見える。
背の高い彼に顔をあげれば、困ったような笑顔が見えた。

「突然すみません。日曜だから兄貴いるかと思って。渡すだけだし、と思って連絡もせずに・・」

姿に似合わずとても礼儀正しい彼をみるといつも実弥の兄弟だなぁと思う。

「大丈夫だよ。折角来てくれたんだから、中入って」

「ありがとうございます。お邪魔します」






彼にはソファに腰掛けるように言って、珈琲をいれる。

「珈琲、大丈夫だっけ?」

「あ、ミルク多めでお願いします」

まだブラックは俺には早くてと、笑う彼はその年相応な笑顔が可愛らしい。
言われた通り、牛乳を多目に入れてミルクコーヒーを準備した。
ありがとうございます、といいながらその手には小さいカップを受け取り、ふうふうと小さく息を吹きかけコーヒーを冷やしている。

「そういえば何の用事だったの?」

彼の横に座りながら尋ねると、彼はあ、といって、カップをテーブルに置いた。

「兄貴に借りてた写真のアルバムを返しに来たんです」

そう言って彼は持ってきた紙袋から、本棚に並べているものと全く同じくアルバムを取り出した。
あの、実弥が棚にきっちり並べているアルバムだ。

「そうなんだ。わざわざありがとうね」

アルバムを受け取って中をめくりながらお礼を言う。
いつものような実弥らしい無機質な写真が並んでいて、思わず微笑んだ。

「いえ!今回の事、俺からも直接お礼が言いたかったし」

興奮した様子の玄弥くんに私は首を傾げる。

「今回の事・・?」

「そうです!兄貴にかなたの写真を撮ってもらったって話です!」


・・・初耳だ。


あんなに人物を撮りたがらない実弥が人物の写真を撮ったなんて。

かなたちゃんっていえば、玄弥くんの友達でとっても綺麗な女の子だ。
一度だけ会った事があるけど、凛としていて着物のよく似合う子だった。
年下のはずなのに、妙に恐縮してしまった記憶がある。

「兄貴が撮った写真見せたら、かなたが気に入って。それでかなたの着物姿を撮ってもらったんですけどー」

玄弥くんは持ってきた紙袋を漁りながら話し続けている。
彼の中ではきっと私もその話を知っているものだと思っているのだろう。

「それで取り急ぎ、貰ったデータでフォトブックを作ってみたんですけど」

そう言って、私にもう一冊アルバムを手渡した。
表紙は何処かのお屋敷で撮ったのだろうか。
立派な木枠の窓格子が写っている。

中をめくると、色んな着物をきたかなたちゃんが写っていた。
どの写真でも着物を着こなしていて、女性の私でもため息をついてしまいそうなくらいとても綺麗。
表情も様々だ。
俯いているものから、横顔だったり、正面を真っ直ぐ見つめているものだったり。
アングルも下からだったり、横からだったり。



ーこの見つめる先に実弥が居たんだ。


写真を撮影している風景を想像して、私の知らないところに実弥を連れていかれたようで。

淡く微笑んだかなたちゃんのその表情に年下相手に情けないと思うけど、私はとても嫉妬した。

だって私が以前一度だけ、実弥に私の写真を撮って欲しいと言った時は「お前のアホ面撮ってどうするよォ」と、鼻で笑われて撮ってくれなかったからだ。
このかなたちゃんみても私とは天と地ほど顔の作りが違うのはわかるけど、酷くない?



なんとなくピンと張り詰めた私の空気を察したのか、玄弥くんが本を見ている私の顔色を伺っている。

「えっと・・・もしかして、かなたの写真撮る事、兄貴から聞いてなかったですか?」

横顔でもわかるほどに複雑な顔をしていたらしい。

「うん、知らなかった」

年下相手に悲しいかな、私の声は何時もより1オクターブくらい低かった。
視線を本から逸らさずにそういえば、目の端でもわかるほどに玄弥くんは慌てていた。

「すみません!俺、兄貴がてっきり話してるものと思って・・!」

「玄弥くんが謝ることないから大丈夫だよ」

なるべく笑顔で、優しく本を閉じ玄弥くんに視線を向けた。






その時、玄関がガチャリと開く音がした。
ただいま、との声がして足音がこちらに近づいてくる。
目の前の玄弥くんは真っ青で汗を流しながら震えている。
リビングの扉があいて実弥が顔を見せた。
仕事のスーツのネクタイを緩めつつ、鞄をリビングの椅子に置く。

「なんだァ、玄弥きてたのかァ」

急に珍しいな、とこちらに近づいてきて私の手にある本を見てピシリと立ち止まった。
表紙の写真に見覚えがあったらしい。
玄弥くんは今にも泣きだしそうな顔をして空を見つめている。
実弥の顔は怖くて見れないみたい。

「・・・玄弥ァ」

「はっはいぃぃ!!」

今にも泣き出しそうなほど、玄弥くんの声は引きつっていた。

「俺は名前と話があるから今すぐ帰れェ」

「で、でも兄貴・・」

「いいからァ」

その低い声をきいて、飛び上がるように玄弥くんは立ち上がった。
空になった紙袋を持って、そのまま玄関に歩いていく。
リビングを出る際に、こちらに振り返りお邪魔しましたと消え入りそうな声でつぶやいて扉を閉めた。




玄関のドアが閉まる音がして、実弥はスーツのまま、先ほど玄弥くんが座っていたソファの座りこんだ。
しばらくお互いに沈黙が続く。
私はなんと切り出していいかわからないし、心の中がごちゃごちゃだ。
ふと実弥は身を乗り出すと、こちらに向き直った。

「・・黙ってたのは悪かったァ」

真剣に目を見つめられながら言われ、ぐっと喉の奥が締め付けられる。
なんだかいじけている私が滑稽みたいじゃない。

「・・・別に言われてなかったことを怒ってなんかいない」

「・・・」

「かなたちゃんの方が、私の何倍も可愛いのはこの写真みればわかりますし」

「お前・・・・あのなァ」

はァと実弥にため息をつかれ、胸が締め付けられる。
子供じみたことを言っているのはわかっているのだけど、実弥が好きな写真で私が撮ってもらえなかったことは本当に悲しかった。

「以前、私の顔を撮りたくないっていってたし」

可愛くないとわかってはいるけど、止めどなくぐちぐちと口から言葉がこぼれてしまう。

「・・・そりゃぁ、お前の顔を他の奴に見せるだなんて、俺はごめんだからなァ」

「・・・」

一瞬どういうことをいわれているかわからなくて眉をひそめた。
なによ、私の間抜け面を他人に見られたくないってことなの。

その様子を見ながら、実弥は笑う。

「・・・お前は知らないんだろうけどなァ。いつも俺に向ける表情が、どんなものか」



カメラ越しでさえ、瞳が熱くていつも困るっていうのにー。




そんなことを視線を外さずにつぶやかれ、一瞬にして心が解かされていくのを感じて、私は思わず手に持ったアルバムを実弥の顔に押し付けた。
恥ずかしくて顔を直視できない。

「ななな、何いってんの?」

「名前のその表情を知ってんのは、俺だけでいいんだよォ」

目の前のアルバムをそっと手でのけながら実弥は笑った。


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