不明瞭な恋の片影を歌う 02



それから数日。
実弥くんとの同棲生活はもうもう、ドキドキの連続だった。
朝起きたら、おはよと挨拶してくれる実弥くんがいる。
しかも朝食準備してくれて。
それだけで目がぱちりと覚めてしまうのだけど、そこから仕事だったり稽古だったりもずっと一緒にいられる。
大好きな歌の仕事も、新しいことの挑戦ばかりで大変なこともあるけれどとても良い刺激になって。
大変だけど本当に、ずっと夢見心地だった。

----------------

今日は久々オフの日だった。
どこかに出かけるか?って実弥くんは気を使ってくれたけど。
正直、地元とも違う人ごみの多さにもぐったりしていた私は、部屋に籠ることを提案した。
嫌がるそぶりもなく、実弥くんはわかったと一言返事をする。

「俺は少しやる仕事あるから、部屋にいる。何かあったら呼べよ」

「うん、ありがとう」

実弥くんが部屋に入ったの見届けてから、TVを付ける。
撮りためていた録画でも見ようと、リモコンを操作していた時スマホにピコンとメールが届いた音が響いた。
覗けば「梅ちゃん」の文字。
久々のメールが嬉しくて、一人笑顔になりながらメールを開ける。
そこにあった文字に私は目を見開いた。

『今度、童磨に会うから、名前も来る?』

「えっ!?童磨!?」

驚きすぎてスマホを落としそうになった。
童磨っていれば、私が昔からずっとファンの男性歌手だ。
国民的な人気を誇っているといっても過言じゃない。
彼の歌を聞けばだれもがああ、彼かと思い出すくらいには有名だ。
その端麗な容姿もそうだけど、人の心をつかむ歌声はこういうことかと初めて彼の歌を聞いた時は感動でしばらく動けなかったことを覚えている。

「えええ、梅ちゃんどうしたの?どういうことなの・・」

答えはないことはわかっているのに独り言のように呟きながら、震える手でスマホを再度見つめなおす。
こちらの驚きをわかっていたかのように梅ちゃんからは続けざまにメールが届く。

『名前、ファンだったよね?』

『人伝で、一緒に食事することになったの』

『来たいでしょ?こんなチャンスないよ』

「えー!いきたい!」

実弥くんに行っていいか聞いてみよう、そう思って立ち上がりかけた時、またスマホが揺れた。

『ただし来るならアイツに童磨と会うって言ったらダメだからね』

まるで私の思考と行動を読んだような梅ちゃんのメールにまた目を丸くする。
どこまでも梅ちゃんは鋭い。

「え?なんで・・・」

『アイツに言ったら、絶対ダメって言われるに決まってるじゃない』

まるで私の言葉まで聞こえているかのような返答に驚き固まる。
え?実弥くんに言わないでどうやって・・。

『だから私と遊ぶんだって言いなさいよ』

メールに私は思案する。
童磨さんには会いたい。
こんなチャンス二度とないかもしれない。
でも実弥くんに嘘つくなんて・・・。

うんうんと一人悩んでいると、またメールが届いた。

『嘘つくんじゃないわよ。私も行くんだから、本当のことでしょ』

どこまでも私の考えの先回りをした梅ちゃんに驚きながら、悩む指は『分かった』と返した。
うん、二人きりで会うわけじゃないし、梅ちゃんもいるし。

そう思って、一つ深呼吸をすると実弥くんの部屋の扉をノックする。
どうぞ、って返事の後ゆっくりとドアを開けた。
机に座ってパソコンを打っていたのか、実弥くんは背伸びをしながらこちらを振り返る。
たったそんな動作だけでも普段見ることなんてないものだから、かっこいいなぁって見惚れてしまうから、恋心は厄介だ。

「・・・どうしたァ?」

扉の所で固まっていると、不思議そうに声をかけられる。

「あ、ごめんなさい。お仕事の邪魔しちゃった?」

「いや、今は大丈夫だ」

「あのね、今度の休みの日、梅ちゃんと遊びに行ってもいいかなぁって」

梅ちゃんの名前を出した途端、実弥くんが少し眉を寄せた気がした。
あ、やっぱり駄目だったかなって思わず胸の前で手を握れば、部屋の空気が和らいだ気がする。
次の瞬間には実弥くんは「いいぞ」って返事をくれて私は嬉しくって笑顔を返した。

---------------

梅ちゃんとの約束の日。
帽子を深くかぶって、ダテ眼鏡もして軽く変装して梅ちゃんとの待ち合わせの場所に向かう。
変装なんてなんだか本当に有名人みたいで、私には大げさかなとも思ったけど、何かあったらいけないし。
実弥くんが送るか?と聞いてくれたけど、万が一童磨さんと鉢合わせなんかしちゃったらなんだかいたたまれなくなると思って、送迎は断った。


場所に着けば先に梅ちゃんがお兄さんの妓夫太郎さんと一緒にいた。

「梅ちゃん!妓夫太郎さんもこんばんは!」

もちろん、地元が一緒の妓夫太郎さんのことも昔からよく知っている。
梅ちゃんといつも一緒にいて仲のいい兄妹だねっていえば、当たり前でしょって梅ちゃんにため息をつかれた。
そんな梅ちゃんの頭に軽くチョップを落としながら、そんなんだから友達ないんだろうがって梅ちゃんに言っていたことが驚きでいまだに覚えている。そんな昔の思い出。

妓夫太郎さんは私と目が合うとあ、っと驚いた顔をして、何か気まずそうに眼を逸らした。

『・・・?』

「やっと来たわね。私を待たせるとは名前の癖にいい度胸ね」

「ごめんね」

「梅、お前・・・。まだ約束の時間の10分前だろ。名前も気にするなよ」

妓夫太郎さんがまた梅ちゃんを咎めようとする様子を笑って見つめていると、「やっ」と後ろから声が降ってきた。

「遅いわよ、童磨」

梅ちゃんの視線が私の頭の上くらいを見つめている。
その言葉に緊張で破裂しそうな心臓を押さえつけながら振り向けば、いつもTV画面越しでしかみたことのない笑顔が揺れていた。

「初めまして!君が名前ちゃん?梅から聞いてるよ」

「!!はっ、初めましてっ!!」

興奮で声が裏返った私を梅ちゃんはニヤニヤしながら見つめている。
ううう、恥ずかしいけど、それよりも今目の前にあの憧れの童磨さんがいると思うともう、天にも昇る気持ちだった。

「名前、ファンなんでしょ?写真撮ってあげるから、横に並びなさいよ」

「えっ!?あ、あの!?私と撮ってもらえますかっ!?」

「うん、いいよ〜。そのくらい」

気さくな笑みを浮かべる童磨さんの隣にそっと立つ。
隣といっても、童磨さんと私の間には30センチくらいの隙間があった。

「・・・・ちょっと。写真撮るって言ってるんだからもっと寄りなさいよ」

「えええ・・・いや・・でも・・・」

梅ちゃん、今私呼吸するのも必死なくらいなんだよっ!?
めちゃくちゃ無理難題言ってくるじゃない・・・!!
もごもごと口ごもっていると、ぐいっと肩を寄せられた。

「ほら、これで写真に映るでしょ?」

ね、といった童磨さんの顔がすぐ近くにあって、もう私は爆発寸前だった。

「・・・・は、はい」

小さく返事をするのが精いっぱいで、体は固まってしまったように動かない。

「いいじゃない。撮るわよー」

軽い感じで写真を撮る梅ちゃんに、私の横で笑顔を浮かべる童磨さん。
うわぁ、もう、なんだか異世界にいるみたい。
私、明日にはそっといなくなるかもしれない。
ぽわぽわした気持ちでいれば、いつの間にか写真撮影は終わっていた。

「じゃー、この写真送るわね。・・・あとお兄ちゃん!」

「・・・・はいはい」

梅ちゃんからのメールを受信しつつ、梅ちゃんが妓夫太郎さんに何かをせっついていた。
妓夫太郎さんは梅ちゃんに言われるがまま、なぜか気が進まないような感じでスマホを操作していく。
すぐに妓夫太郎さんのスマホが鳴りだした。

「わりぃ、電話だ」

そっと場を離れた妓夫太郎さんを不思議そうに見ていると、童磨さんが顔を覗き込んできた。

「で、どこ行くー?」

「お店なら予約してるわよ。この角すぐ曲がったところだから」

「そっか!なら立ち話もなんだし、行こうよ〜」

歩き出そうとしていた瞬間、妓夫太郎さんが血相を変えたように戻ってきた。
そして私の顔をみるなり、「名前、すまん」と謝ってきた。

「え?何が・・?」

意味が分からずに首をかしげていると、後ろからぐいっと腕を引かれた。
倒れそうになる体を必死に立て直しながら、腕を引かれた先をみる。

「実弥くんっ!?」

まぎれもなく先程、別れたはずの実弥くんだった。
走ってきたのか息を切らせながら、ぐいっと童磨さんから距離を取るように、実弥くんの方に身体を抱き寄せられる。
小さいころから一緒にいるし、一緒に住んでもいるんだけど、身体が触れ合うなんて本当に子どもの頃以来で心臓は
高鳴りっぱなしだった。

童磨さんの時とは違う。

心の奥底から湧いてくるような、甘い音。

「どういうことだァ」

地鳴りのように低い声に、実弥くんの胸に顔を寄せたまま私は体を震わせた。

喜んでいる場合じゃない。

そうだ、私、実弥くんに嘘ついてここに来たんだ。

思い出して血の気が引いていく。

「どういうもこういうも・・・現状みたまんまじゃない」

実弥くんの殺気をもろともせず、普段通りの梅ちゃんに驚きを通り越して尊敬の念を抱いてしまう。
私だったら今の実弥くんと視線を合わせたら、視線に居ぬかれて死んでしまいそう。

「謝花兄、さっきの写真は、どういうつもりだァ?」

「・・・・・・」

妓夫太郎さんは何も言葉を発しない。
実弥くんの声には今にも殴り掛かりそうなほどに力がこもっていた。

重い沈黙が流れる中、それを破ったのは童磨さんだった。

「名前ちゃんのお兄さん?今から僕たちご飯食べに行くんだけどよかったら一緒にどうですか〜」

雰囲気に似つかない軽いテンションに、ますます私は冷や汗がでてくる。
いやいや、今の実弥くんにそのテンションはないでしょー!
「チッ」と大きく舌打ちをすると、実弥くんは私の手を引き帰るぞと告げる。

「あ・・・」

「またね、名前」

最後に何故か満足げに笑った梅ちゃんと、やっぱり申し訳なさそうな妓夫太郎さんが目に映った。



「アイツ、思ったより来るの早かったわね」

梅は去っていく二人の後姿をみながら満足げに綺麗な顔で笑う。

「お前、本当に人が悪いなぁ」

「でも結局、お兄ちゃんも協力してくれたじゃない」

「いや、俺はもうちょっと同業者として穏便に過ごしたいというか・・・」

そう言って妓夫太郎は頭をかきながら深々とため息をついた。
先程の童磨と名前のツーショット写真を梅は妓夫太郎に送り、それを実弥に送るように言ったのだ。
元々今回名前を呼び出したのも最初からそれが目的だった。
ツーショットなんて送れば、あの過保護な実弥が居てもたっても居られずこの場所に飛んでくることも梅には想定内の出来事だった。

「これで、少しは進展するんじゃない?むしろしないならアイツのこともっと嫌いになるわ」

妓夫太郎は上機嫌な梅を見ながらため息をつく。
梅が言う”良い方向”に事が運べばいいが。
名前には急に悪いことをしたなとぼんやり思う。

「あれ?僕、めちゃくちゃ蚊帳の外じゃない?」

童磨が首をかしげるのを梅はふんと笑った。

「いいのよ、あんたは気にしなくて。さ、食事に行くわよ!」




家に帰る道すがら、実弥くんと私の間に会話はなく、終始無言だった。
家に着いても、実弥君は無言のまま先に部屋に入っていく。
どうしよう。何か声をかけなきゃと思うのに、実弥くんに嘘をついていたって後ろめたさで、何を話していいのかわからなかった。
目も合わせてくれずに、部屋に入る実弥くんを慌てて追いかける。
何か、何か言わないと・・・!

「さ、実弥くんっ!あ、のー「風呂」

言葉を紡ぎかけた私を制するように、実弥くんはソファに腰掛けながら、呟くようにこぼす。

「風呂、入ってこい。・・・冷えただろ」

「えっ。でも・・」

「いいからァ」

そういって、帰ってきて始めて目があった実弥くんはどこか苦しそうに笑った。

「・・・う、ん」

何故だかその顔を自分じゃどうにもできない気がして、俯きながらも返事をした。



prev novel top next

MONOMO