一途な恋のまわり道 02
彼女を女性として意識し始めたのは、いつからだろうか。
初めて挨拶を交わしてからしばらくは、「朝早くに交番前を通る高校生」という認識だった。
「おはようございます」
「おはよォ」
しっかりと頭を下げて、視線を合わせ礼儀正しく通り過ぎていく。
今時にみない律儀な子だなァ、くらいの印象だった。
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しばらくして、その日はたまたま後輩と一緒に、早朝交番の前に立っていた。
まだ通勤時間帯には早い、少し薄暗い時間帯。
いつものように冬の冷たい澄んだ空気の中、コツコツと靴音が響く。
2人で視線を向ければ、いつもの彼女が登校していた。
寒さで赤くなった頬をマフラーからのぞかせ、長いまつげと視線が合うと少し口角を上げる。
「おはようございます」
「おはよォ」
「おはよ!苗字ちゃん、ポニーテールなんて珍しいね!?」
元々人たらしとしてコミュ力の高い後輩だが、彼女の名前を知っていたことも驚きだったし、ましてや髪型について突っ込むだなんて。
今のご時世、セクハラなんて言われんじゃねェか?と不安な気持ちが押し寄せる。
そんな深妙な面持ちな俺をよそに彼女は、あ、と声を上げた。
「あ、えっと。髪が伸びてきて、邪魔かなぁって思ってまとめてみたんですが・・・変ですか?」
首周りに厚く巻かれたマフラーに半分顔を埋めながら上目遣いでこちらを見つめる瞳。
澄んだ黒い大きな目に見つめられて、不覚にもドキリとした。
「まさか!めちゃくちゃ似合ってるよ!ですよね、先輩!」
急に話を振られ、心の内を知られないかと焦りながらも冷静を装う。
「あァ、なんか青春って感じがしていいなァ」
「!そう、ですか。ありがとうございます」
緩んだ目元だけでもわかるくらいに彼女は嬉しさを滲ませながら、ぺこりと頭を下げると、足早に去っていった。
「あーあー!モテる男は羨ましいですねぇ!」
彼女の後ろ姿が見えなくなった途端、俺の肩に肘を馴れ馴れしく乗せてくる後輩。
「何の話だァ?」
その腕振り払いながら振り返れば、え、と言わんばかりの後輩の表情。
「いや!先輩気づかないんですか?どうみたって苗字ちゃん、先輩に気があるでしょ!」
「はァ?」
俺からすれば突拍子もない話なのだが、後輩は何故気づかないんだと言わんばかりに詰めてくる。
「だって!先輩が朝、交番に立ち始めてから苗字ちゃん、毎日来る様になったでしょ?しかも彼女は家があの方面だから本当は公園のところをまっすぐ行った方が早いのにわざわざ回り道してるんすよ!?」
全部初耳だった。
地域の巡回なんかはしているものの、そこまで彼女のことを意識して見ていたわけではなかったし、大体彼女の家も把握していない。
情報把握の後輩に舌を巻く。
その能力を仕事にも存分に生かしてくれればいいのだが。
「それに!あの先輩に向ける表情!どうみたって恋する乙女じゃないですか!」
「・・・そうかァ?」
これまでも女性から熱い視線を向けられたことは一度や二度じゃない。
流石に恋が分からないほどウブではないが、高校生を意識する程、飢えている訳ではない。
彼女とは年齢が大きく離れているし、ましてや未成年だ。
そんな気持ちで自分が彼女をみたことは一度もなかった。
「そうなんですかぁ!あーあーこれだからモテる男は!!」
「戯言抜かしてる暇あんなら、さっさと報告書でも作っておけ」
はいはい〜と生返事で署内に消えていく後輩を見ながら、先程の彼女のマフラーから覗く真っ赤な耳に想いを馳せた。
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そこから実は彼女が寿美の同級生で友達だった事実を知り、時々寿美と遊んでるところを見かけたりして彼女ー名前ちゃん、と親しくなった。
高校生、青春真っ只中。
生きる世界が違うなと思いながらも、いつも礼儀正しく、淡く微笑む彼女の笑顔から段々と目が離せなくなっていた。
いや、正直言って、意識してしまっている自分がいた。
高校生相手に何を馬鹿馬鹿しいと思いつつ、朝、笑顔で挨拶する彼女を見つけると心臓が大きく鳴る事実は無視できなくなっていた。
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1月下旬、偶然デパートで出会った名前ちゃんはバレンタインの袋を握り締めていた。
俺はそのことが気になって仕方なかった。
いや、チョコを作ることは何もおかしくない。
寿美だってバレンタインに向けて張り切っていた。
問題はそれを「誰にあげるのか」、だった。
やはり同じ学校のヤツにあげるのだろうか。
自信なさそうにしている彼女をみて、万が一にも俺だったら良いな、なんて想いが浮かび、なんだか後輩に良いように気持ちを弄ばれているようで癪だなと自嘲する。
でも彼女が同じ学校の奴にチョコを渡していたらー。
面白くないーーーなんて気持ちは心の奥底に押し留めた。
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バレンタインの数日前。
その日も早朝に後輩と2人で交番に立っていれば、名前ちゃんがいつもの様に朝の挨拶をしていく。
他愛無い話をして、去っていく後ろ姿を見ながら後輩は盛大なため息をついた。
「いいな・・先輩、苗字ちゃんからチョコもらえるんだろうなっ!いいな!!」
「何、訳わからないこといってんだァ?」
確信めいて悔しがる後輩に若干引きつつ、その確信はどこから来るものかと気になるところでもある。
「先輩気づいてないんすか?はぁーーこれだからモテる男は」
「はァ?」
若干の苛立ちを含め声を漏らせば、後輩はそっと小声になり去っていく彼女の背中を指差した。
「覚えてます?一年前くらいに、彼女とこうして朝話した時に、先輩がポニーテールの髪型褒めたこと」
「あぁ、そういえばそんな会話もしたなァ」
去年も彼女の首筋が寒そうだと思ったことを思い出す。
「そっから、苗字ちゃん、ずっと髪型ポニーテールなんですよ!?」
「えっ!?」
「気づいてなかったんすか?!」
言われてみればそんな会話をする前は、編み込みやら、二つに分けて結んだりと色んな髪型をしていた気がする。
確かにここ最近の彼女はずっとポニーテールだった。
その事実に気付いて顔がジワリと熱くなっていく。
「絶対先輩に言ってもらえて嬉しかったからっすよ・・・まぁ先輩に他意はないんでしょうけど」
本当に罪な男ですね!なんて叫ぶ後輩の声を遠くに聞きながら、俺は慌てて隠す様に口元を手で覆ったのだった。
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そして迎えたバレンタイン当日。
いつもの時間に外に出れば、そこには女の子がたくさん待っていた。
よく朝の早い時間から、と感心しつつ、悪い気持ちはないので適当にチョコを受け取りながら、軽く返事をしていく。
「バレンタインのチョコ、受け取ってください!」
「ありがとうなァ」
そんなやりとりを何度か繰り返す。
後輩の言葉もあってか、名前ちゃんが来るんじゃないかと心の片隅でどこか期待してる自分がいた。
女の子たちの対応に追われて、ふと時計を見れば名前ちゃんがいつも朝挨拶していく時間はとうに過ぎていて。
『・・・来なかったなァ』
「苗字ちゃん来なかったですね」
まるで自分の心の中が見透かされた様な後輩の言葉にぎくりと肩が揺れる。
「先輩、期待してたんじゃないんですか?」
ニヤリと笑う後輩の手の中にもいくつかの可愛らしい箱が見えて、慌てて取り繕う。
「そんな訳ねェだろ・・お前も随分ともらってんなァ?」
「あ、大丈夫です。全部義理ですし、苗字ちゃんからはもらってませんので」
にっこりと意味ありげに笑う後輩の顔を見て、何の申告だァと茶化す様にいいながら、内心ホッとしている自分がいた。
結局、その後も通常業務に加え、チョコを渡しにきてくれる子達に対応しつつ、気づけば夕方の見回りの時間になっていた。
いつもより遅い時間の見回りに、今日はもう名前ちゃんと会うこともねェかもなァと内心思う。
寿美に聞いていた下校時刻はとっくに過ぎていたからだ。
別に今日に限って名前ちゃんの動向が気になったからでは決して、ない。
寿美はとても得意げに笑っていたが。
見回りを終え、交番に帰れば、名前ちゃんが待ってくれていたわけで。
チョコをもらうことさえ諦めていた俺にとっては嬉しい出来事だった。
それだけでも十分だったのに、彼女の告白。
もちろん、その気持ちが真剣そのものだったことは、見たこともない彼女の顔からも十分伝わってきた。
「ごめんなさい!」
真っ赤な顔が地面につきそうなほど深々と頭を下げて、彼女は自身の告白を謝った。
泣きそうな顔の告白に謝罪。
彼女が、俺は気持ちがないと思っていることは明白だった。
もちろん自分の気持ちなんて一ミリも外に出したことはないし、このままの彼女との関係を続けていけたらいいと思っていたのも事実だった。
でも目の前の彼女は、必死に、自身の気持ちを伝えてくれた。
それが叶わないと思っていたのに、だ。
いつもの彼女の性格からして相当の勇気を振り絞ってくれたのは明白だった。
目の前で揺れるポニーテールが去ろうとするのを、反射的に引きとめた。
驚きで揺れる彼女に、1年の期間の話をすれば、悲しみで濡れていた瞳が、みるみる見開かれる。
息を吹き返したように上気する頬に、これまでになくかわいらしい笑顔を見つけたのは同時だった。
こうして、俺と彼女は友人でも知り合いでも恋人でもない、微妙な関係を続けていくことになったのだった。
ずるい返答だとは頭で理解していた。
でもそれ以上に、彼女の事をそのまま諦めるなんてできなかった。
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いつものように頭の芯から冷えていくような冬の朝、きっちりと制服を着こんで交番に立つ。
太陽が昇るのが遅いこの季節、朝と言ってもまだ辺りは薄暗い。
コツコツと、いつもより早足の音が聞こえ、そちらに向けば、名前ちゃんが小走りに近づいてくるところだった。
「っ!おはようございます!」
「おはよォ」
何となく、昨日の今日で恥ずかしい気持ちもあるが、俺と視線が合えば彼女は嬉しそうに微笑んだ。
今までと違う笑顔の中に気持ちを見つけて、今までになく心臓が早くなる。
落ち着け、と、一つ冷たい空気を吸い込んだ。
「今日はいつもより早ェな?」
時計を見れば、いつも彼女が通りがかる時間より10分くらい前を長針が指している。
「あ・・・早かったら、不死川さんと少しでもお話しできるかと思って」
嬉しそうに笑う彼女の純粋さに、俺は頬が赤くなるのを感じた。
彼女の真っ直ぐな好意は、歳の離れた俺には眩しすぎるくらいだった。
自身が高校生の時には特段何も感じなかった純粋に相手を好きという気持ち。
歳を重ねると改めてその綺麗さに触れていいのかさえ躊躇する。
「不死川さんはいつもこの時間には立ってるんですか?」
「あァ、今ちょうど立ったとこだ」
「そうなんですね。じゃぁこの時間ならいつも会えるかもしれませんね」
「こんなに早くて大丈夫なのかァ?」
「ええ、いつも朝起きるのは得意なんです」
そんな他愛ない話をしていたら、彼女がいつも学校に向かう時間になった。
「あ、もうこんな時間・・・お仕事中にすみません」
「いや、この時間なら人通りもほぼないから大丈夫だ」
恐縮する彼女に声をかければ、ほっとした表情になる。
「・・・明日はまたいますか?」
「あー、明日は後輩が当番だなァ。来週月曜ならまた俺の番だ」
「わかりました!楽しみにしてますね」
そういって彼女は大きく手を振りながら学校に向けて走って行った。
「見ましたよ〜〜」
いつの間にか裏口から入ってきていたらしい後輩の声に、胸あたりで小さく振っていた片手を気付かれないようにそっと下ろす。
「お前・・・いつから・・・」
「え〜〜?二人が仲よく話をしていた時から?」
少し前の会話から聞かれていたと思うと、途端に恥ずかしさが襲ってくる。
「いつもと二人の雰囲気違いましたよね?付き合ったんですか?」
何故か嬉しそうな後輩にぶっきらぼうに突き返す。
「いや・・・付き合ってはねェ」
「え?!親密だったじゃないですか?まさかまだ未成年だから〜とか言ってるんすか?」
そんなんだと他の人にとられちゃいますよ、と呆れたような後輩の声に、少し胸の奥がちくりと疼いた。
MONOMO