一途な恋のまわり道 03
「不死川!後輩!!合コンするぞ!!!」
「え?」
隣町勤務の先輩が久々に交番を訪ねてきたと思えば、開口一番それだった。
体育会系、という言葉を身で表したような筋肉で程よく締まった身体に白い歯を見せつけながら先輩は豪快に笑う。
「この間、やりたいっていってたじゃないか!場所、準備してやったからな!」
報告書を書くために机に向かっていた俺と後輩は二人で顔を見合わせる。
そんな記憶はないとお互いの顔が物語っていた。
ぐいと顔を近づけてきた先輩の勢いに、少し引きながらやんわりと返事をする。
「え?いや、俺はそんなこといった覚えないんですが・・・」
「なーに言ってんだ!もしかして彼女でもできたのか?」
がっしりと俺たちの肩を掴みながら覗いてくる先輩の質問に、名前ちゃんの顔が反射的に浮かんだ。
ーーーー「彼女」ではないが・・。
はっきりと返事をしない俺達を見回しながら、思ったような返事が帰ってこなかったことに少し不満げな先輩だったが、一つ咳をする。
「まぁ、いい。どちらにしてももう不死川も後輩も数に入れているから、断る選択肢はないからな」
詳細はまた連絡する!と勢いよく告げると、片手をあげにこやかに先輩は去っていく。
「またいつものように嵐のような人でしたね・・・てか先輩!どうするんすか?苗字ちゃんというものがありながら・・」
「・・・どっちにしてもいくしかねェだろ」
この警察という組織の中にいて、先輩の言うことは絶対だ。縦社会の辛いところである。
正直、彼女がいたとしても、合コンをセッティングしてくれた先輩の誘いを断ることはできない。
「ええー!知りませんからね!バレて苗字ちゃんに怒られても!!」
怒っている後輩を余所に、名前ちゃんの笑顔を思い出し、後ろめたい気持ちことを必死に知らないようにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
数日後、仕事終わりに件の先輩に指定された居酒屋に後輩と向かっていた。
全く乗り気でない合コンだが、先輩に言われてしまった手前、顔だけ出してキリのいいところで抜けるつもりだった。
顔を出すことでさえ、後輩には散々文句を言われたが、縦社会が長い俺には参加しないという選択肢はなかった。
居酒屋に着くと、手を挙げる先輩と数人の男女の姿。
もう他のメンバーはそろっていたのか、さっそくといった感じで俺と後輩の手元にビールが回ってくる。
「じゃぁ乾杯〜」
いつもよりご機嫌な先輩の音頭で乾杯を交わし、それぞれ簡単に自己紹介が始まる。
簡単に場に合わせ話をし、1時間ぐらい経ったところで席を立った。
「すみません。用事があるんでお先に失礼します」
「ええ〜!付き合い悪いぞ、不死川!」
先輩が何やら怒っている声が聞こえたが、その声には耳を貸さず振り切るように店をでた。
「実弥くんっ!」
居酒屋を出て数メートル進んだところで名前を呼ばれ振り返る。
合コン中、隣に座ってきたり、寄りかかられたりと、何かとアピールしてきていた女が小走りに追いかけてくる。
「もう帰るの?よかったら二人で飲みなおさない?」
「いや、用事あるんでェ」
「そんなこと言わずに、さ!私、最初から実弥くんのこといいと思ってたんだよね」
否定の言葉は無視され、まるで当たり前のように自分の腕に回される細い手。
大きく胸元の開いた服も、赤く光る唇も、濃く香る香水も。
何もかもあの子と正反対で、吐き気がする。
「離してもらえますか」
先輩主催の合コンともあり、なるべく穏便にその場を収めようと口調は優しく声をかける。
「何でよ〜。このままホテルに言ってもいいんだよぉ?」
上目遣いにも、嫌悪感しか出てこない。
お酒も入っているからか、身体を密着させたままなかなか諦めてくれない彼女を引き離そうと腕に力を込めた。
その時だった。
「不死川さん?」
聞きなれた透き通るような声がして、弾かれた様に勢いよく顔をあげた。
暗い道の中、街灯の頼りない明かりに照らされていつもの制服姿と違い、ラフな私服姿の名前ちゃんがいた。
彼女の向ける表情には驚きと、不安の色が滲んでいた。
「あ・・・」
「だれ〜?妹さん?」
女が俺に寄りかかったまま、しなだれるように名前ちゃんの覗き込む。
別にやましい事が合ったわけではないのに、この状況に背中には冷や汗がじんわりと浮かぶ。
名前ちゃんはすたすたとこちらに歩いてくると、俺の隣の女を覗き込む。
暗い夜道で街灯が逆光になったに名前ちゃんの表情は伺えなかった。
「お仕事、ご苦労様です」
名前ちゃんの顔が見れなくて、視線が宙をさまよったところではっきりとした声が響いた。
「は?」
笑顔で女に言い放った名前ちゃんはこちらに向き直った。
「酔っぱらいの介抱ですか?警察のお仕事も大変ですね」
にこりと笑う名前ちゃんの本心が分からない。
俺も私服で、女も私服でほろ酔いになっていると分かる状況。
そこで「仕事」だなんて間違えるハズは万が一にもないだろう。
つまり、名前ちゃんはー。
「あ、いや」
頭がうまく回らず、歯切れ悪く答えていると、後ろから足音が近づいてきた。
「先輩!合コン途中で二人でいなくなったと思ってーって、苗字ちゃんっ!?」
タイミング悪く、大声を出しながら走ってきた後輩が、隠す様子もなくまずい、という表情になった。
「と、とりあえず、友達が待ってるんで、貴女は行きましょ!」
後輩は俺の腕に絡みついていた女を無理やりはがすとそのまま引きずっていく。
心の中で、後輩に小さく礼と悪態を言いつつ、現状をどう話すべきかと名前ちゃんに向き直る。
彼女は両手を胸元で握り締めたまま、俯いていて表情がうかがえない。
「名前ちゃん。あの、これは「いいんです」
俺の口から言い訳がましい言葉が出る前に、彼女の声が遮った。
「私、子供だし。不死川さんの恋人でもないし。貴方を何も拘束する権利なんてないのわかってるんです」
そう、仕向けたのは自分。
彼女に何の権利も立場も与えず、苦しませてるのは自分。
今も自分自身の気持ちを敢えて傷つけるような言葉を吐かせているのも自分のせいだ。
今更ながらバレンタインの時の自分の言葉の残酷さを改めて突きつけられたようだった。
「でも」
彼女が震えた声で顔を上げた。
その瞳にはこぼれそうなほどの涙が光っていて、思わずごくりと息を飲む。
「でも・・・勝手に好きでいる権利は持っててもいいですか」
そういった瞬間、彼女の瞳から涙が一筋零れ落ちた。
ガン、と頭を叩かれたような衝撃。
『酷い男ですねぇ』
急に後輩が言った言葉が頭の中でこだまする。
彼女の気持ちを知りながら、彼女との関係に名前を付けずにいようと言ったのは自分だった。
それがこんなにも彼女を追いこみ、傷つける結果になるなんて。
自分の気持ちは決まっているのに。
「名前ちゃ「不死川さんの立場はわかっているつもりです。あのお返事だけで嬉しかったから。だから」
声が張り付いたように出てこない。
彼女を傷つけた事実。
否定したいのに、その現実を叩きつけたのもまた自分という事実。
ギュッと震えるように胸元で握った手を抱きしめるように。
「頑張ります。私。もっと気になってもらえる存在になるように」
頬に涙を光らせたまま、満面の笑みで困ったように笑う彼女に痛いくらいに心臓が鳴った。
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その後の事はあまり記憶にない。
送るといったものの、家はすぐそこなのでと断られ、横に立って歩くことも憚られ、とりあえず数歩後ろを歩きながら彼女が家に入るまで見守った気がする。そのまま、彼女は振り返らずに家に入って行った。
気もそぞろのまま気付けば、翌日の出勤日になっていた。
朝、いつも時間に交番前に立つ。
まだ薄暗い時間。誰も通らない道には落ち葉が風に吹かれる音だけが響く。
いつもの聞き慣れた軽い足音を待つのに、その日は彼女の挨拶を聞くことはなかった。
「先輩、あの後大丈夫だったんすか」
遅番で出勤してきた後輩は開口一番昨日の傷をえぐってくる。
「苗字ちゃん、泣いたりしてないですか」
確実に痛いところを突いてくる後輩にぐうの音もでない。
何も言わない俺をみて、返答をイエスととらえたのか後輩は深いため息をついた。
「そりゃ自分の好きな人が他の人といちゃいちゃしてるの見るのは嫌でしょう〜。知りませんよ。苗字ちゃんが他の人にとられても」
そんな後輩の呟きのような声は俺の心を突き刺すのに十分だった。
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夕方、見回りの時間になり、俺は自転車に乗って町の中を見回りに出かけた。
特に今日も大きな出来事はなく、道に迷っている人の道案内だけで終わった。
軽快に自転車をこいでいれば、少し先から知った声が聞こえて、慌てて自転車から降りる。
声の主は今朝会えなかった名前ちゃんだった。
名前ちゃんは同級生なのか知らない男子学生と二人で歩いていた。
制服姿の二人は何か楽しそうに話しながら、二人で公園の方に歩いていく。
少し後方にいる俺の存在には気づいていないようだった。
距離を開けながら、悪いと思いながらも二人の会話の内容に集中する。
盗み聞きではない、たまたま話し声が聞こえただけだと、1人心で言い訳しながら。
「今日の宿題難しかったよな〜。俺、あの単元嫌いだわ」
「そう?私は意外と得意だよ。今度教えようか?」
「いいのか?助かる!」
授業の内容の話だろうか。
きっと二人にとって何気ない会話なんだろう。
でも、もうそれは俺にはどう足掻いても届かない世界のものでー。
二人並んで歩いていく姿に焦燥感に駆られ、彼女の腕を無意識に掴んでいた。
振り向いた拍子に彼女の長く結ばれた髪が揺れる。
その驚いた瞳が自身を捕らえてくれているのが、この上なく嬉しい、なんて。
「っ、不死川さん?!」
「え?警察の人じゃん」
男の子は警察の制服を着た俺の急な登場に声を上げ、距離をとる。
「ちょっと、話がある」
そう、手を掴んだまま名前ちゃんの目を見てに告げれば、名前ちゃんは少し困ったように男子学生に視線を送る。
「じゃぁ、俺は先に帰るな。苗字また」
「うん、また明日ね」
男子学生は別れを告げて先に歩いて行った。
そんな二人の日常会話でさえ、その世界には入れない俺を苦しめるのには十分で。
昨日は自分が傷つけておきながら、今更名前ちゃんの接点の無さに愕然とした。
「不死川さん、どうしたんですか?」
「いや、昨日のこと・・謝りたくて」
俺は手短に先輩に合コンに誘われ断れなかったこと、早めに切り上げたが女に無理やり言い寄られていたことを話した。
名前ちゃんは少々面食らったように俺の説明を聞いていたが、俺が気まずそうに話し終えれば、嬉しそうに笑った。
「いいんです。正直、女性と腕組んでいたりするのは嫌ですけど」
思案する顔になりながら、名前ちゃんは遠くを見つめた。
「俺が中途半端な関係作り出している事はわかってる。それで名前ちゃんを苦しめてるなら申し訳ない」
「関係のことなら私は納得してます」
「だが、今朝はいつもの時間に来なかっただろォ?」
一日気にしていたことを帽子越しに咎めれば、少し驚いた表情が見えた。
「気にしてくれてたんですか?」
「そりゃ、昨日の今日だし・・名前ちゃんの、ことだし・・」
それだけの言葉で満足したかのように名前ちゃんの顔がほころんだ。
「・・大丈夫、っていってますけど、昨日のこと、私考えこんじゃって眠れなくて。今日は単純に遅刻しそうで走って学校に行ったんです」
その答えに目を瞬く。
そんな答えが返ってくるとは予想外だった。
「私・・私のこと、不死川さんが気にしてくれるだけで奇跡だなって思ってるので」
熱を含んだ視線に、思わず視線を落とす。
相変わらず、この子の気持ちには勝てねェなァと舌を巻いた。
ひたすら純粋な好意を向けられている。それに応えられないのはむず痒くもあり、歯がゆくもあった。
「申し訳ねェな・・」
溢れるように本音が漏れる。
気持ちへの答えを先延ばしにしてるだけじゃなく、他にも見えない制約で縛り付けてー。
うまく言葉を発せずにいると、名前ちゃんは少し意地悪な顔になった。
「じゃ、悪いと思ってるならキスしてください」
「え?!」
「ほら!できないでしょ?!」
わかってるから気にしなくていいー。
そんな反対の気持ちを覗かせつつも、俺が困ると思って無理難題を出した悪戯な顔の中にどこか期待の表情を見つけた。
もちろん、そんなことはできないがー。
「できないのはわかっているのでだいじょー」
言いかけた彼女の手ををすくって自身の顔の前まで持ち上げる。
今にも折れそうなほど細く白い手首。
ぽかんとした名前ちゃんの瞳を見つめたまま、その手の甲にチュッと音を立ててキスを落とした。
「!!!なっ!!えっ!!えっっ!?」
今にも破裂しそうなほど顔を真っ赤にして、驚きの表情のまま固まる名前ちゃん。
口はパクパクと動いているものの声はない。
その表情に思わずふっと心が軽くなる。
「・・・あと一年、俺のが我慢できないかもなァ」
「何かいいました?」
自転車を押しつつ2人で交番に向かう道すがら。
聞こえない声量でつぶやいた独り言は、夕焼けの空に飲まれていく。
遠慮がちに距離をとりつつ、こちらに笑顔を向ける名前ちゃん。
先ほどの唇の熱を思い出し、頬が熱くなる。
名前ちゃんに顔を見られまいと足を速めた。
MONOMO