17:白紙に戻した空回り



※モブ女が出てきます※







「名前、俺はー「実弥様!」



名前を呼ばれ、反射的に実弥も名前も声した方を向いた。
大きく手を振りながら近づいてくる人影がある。

「・・・・藤宮様」

少し苦い顔をした実弥が呟く声を聞いて、名前は目の前に走ってきたこの女性が、先日同期が話していた藤宮様だと知った。
思っていたより随分若い。
そして暗がりでもわかる程、とても綺麗な方だった。
長いまつ毛に白い肌、すっと伸びた洗練されたような手先。
長い髪を棚引かせながら走ってくる姿に、すれ違う人が思わず振り向いてしまうほどに。
着ている浴衣は名前が一目見てもわかるほどの高級なもので、急に自分の着ているものが色褪せてしまったように見える。
実弥の隣まで駆けてくると、藤宮は明るい笑顔をあげた。
名前には一瞬でその笑顔の意味がわかった。
それは好いた人に向ける熱い眼差しが含まれていたから。

「こんなところで会えるなんて奇遇ですね!」

「ええ、まぁ」

ぐいぐいと距離を詰めてくる藤宮と離れようとしながら、実弥は間の悪さを嘆いた。
心を決めて伝えるはずだった言葉は中途半端に発したところで、飲み込まれたままだ。

「お祭り見て回っていたんですか?よかったら一緒に回りましょうっ!」

「いや、私は」

実弥は腕に絡みついてくる細い腕を忌々しく思いながら、振りほどこうとした腕に力をいれたところで、前回の倒れた姿とお館様のことが頭をよぎり力を抜いた。
その腕を藤宮はぐいと引っ張る。


ふと、藤宮と名前の目があった。

「あ、女中さんと一緒だったのですか?」

笑みを湛えた顔にそういわれ、事実、その通りなのだが名前は痛くなる胸をそっと抑えた。
まるで同じ土台に立っていないといわないばかりのその口角が上がった顔に、視線を合わせていることがどうしても出来なかった。

「お付きは大丈夫ですよ、私のお付きもいますし!」

「あ、はい・・・」

近くにいたであろう、数人の男女のお付きの人に目をやる。
皆、藤宮のところに長く使えているものばかりなのだろうか。
自分よりもずっと格式の高い雰囲気を感じて名前は俯いた。



藤宮の嬉しそうな顔と絡んだ2人の腕をみて、名前は危なかったと思っていた。
先ほど、実弥に言われた言葉。
危うく勘違いするところだった、と。



「藤宮様。申し訳ありませんが、私も用がありまして」

実弥は絡んだ腕をそっと藤宮から離そうとしていた。その腕を逃すまいと腕には力がはいり、言葉で断っても彼女は用事あるなら終わるまで待っていますから、とのたまう。
いい加減苛々してきたところで、掴まれた腕と反対の袖を引かれた。
反射的に振り返れば名前がそっと近づいてきた。

「実弥様、先ほどの言葉ー」

藤宮の登場で忘れていたが、そうだった。
初めて告白のような言葉を名前に伝えたのだった。

「私、実弥様が結婚されても、ずっとついていくつもりでおりますので」

少し寂しげに名前が微笑む。思わず違うと叫びそうになった言葉は「早く行きましょう」と藤宮に強く右腕を引かれ、完全に機を逃した。

「私、先に屋敷に帰っていますね」

実弥と藤宮の様子が見ていられなくて、目を伏せながら告げると、振り返らずに名前は駆け出した。


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日が沈みそうな道を一人歩いて帰る。
ふと手に持った鴉のべっこう飴を目の高さまで持ってきた。
気のせいか、飴の鴉まで沈んだ表情になっている気がした。
そっと下げていた巾着袋に飴をしまう。


祭りに行く際は実弥と一緒に出掛けられるのが嬉しくて夢のような気持ちになっていたのが、随分と昔のことのようだ。
沈んでしまった心は完全に実弥への恋心だと気づいてしまい、名前は深いため息をついた。
あんなに否定をして閉じ込めてきたつもりだったのに。
自分が選ばれることがないことは分かっているのに。
愚かだなと自嘲する。

実弥が誰かと結婚して、その側でずっと仕えていけるだろうか。
優しい瞳がその人に向けられて、側からずっと見守ることができるだろうか。

いや、わかっていた事じゃないか。何を今更。仕えていくことが私の仕事だ、と名前は襟を正す。
同期や後藤さんに変な事をいわれて浮ついた気持ちを正せねばいけない。
前を見据えた表情で、急足で屋敷に向かった。



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