城下の街と隣接する侯爵領の敷地を、少年が走っていた。少年から青年へと向かう年頃と見える痩身の彼は、山なりの草原を駆け上がりそこで一旦息をついて振り返る。

すでに見慣れた景色、それでも彼はこの眺めが好きだった。建物と自然とが調和しているような雰囲気、と表すと好意的に表現しすぎているかもしれないが。特に夕暮れ前後の曖昧な時間帯に眺める景色は胸を疼かせる何かがある気がした。

「ノット」

名前を呼ばれ、口元をゆるめて振り向く。

「あれっ、カーナ帰ってきてたんだ。ひさしぶり」
「ひさしぶり。このところ立て込んでたから、たまにはいいかなってまとまったお休みもらったんだっ」

笑顔で言う彼女はこの先にある屋敷の人間だった。使用人ではなく、屋敷の主を姉に持ちそこを実家としている。

「がんばってるなあ。カーナが出ていってからキーナ寂しがってるよ?」
「大丈夫だよ、姉さんは強い人だしそろそろ妹離れしなくちゃね」
「姉離れもね」

大人ぶって見せてもカーナだって姉のことは言えない。二人きりで支え合って生きてきたことは聞いているし、年は少しばかり離れているが仲のいい姉妹なのだ。

ふふ、と笑うカーナの二つ結びの髪が揺れる。夕日を浴びて稲穂のように色めく。

「でもこんな時間にどうしたの、稽古なら終わっているんじゃない?」
「今日はお休みだったんだけどね。ちょっと聞きたいことがあって」

カーナは首を傾げた。ノットが屋敷に通う理由は、普段ならば鍛錬のためだ。三年ほど前に屋敷の主であるキーナと出会ってから、よく稽古をつけてもらっている。同じ剣士として。しかし今日は。

気になることがあったのだ。耳にしたのだ。答えを得られるかどうかはわからないが。

「あ、でもカーナ城勤めだし知ってるかな」

ただの噂話だ。真偽を確かめてどうするということもない。それでも気になったのは、もしそれが正しいとするなら国にとって重大な出来事であると言えるからだろうか。

「あのさ、」
「おかえり。カーナ」

介入した第三者の声にノットは言葉を止める。

「キーナ」
「姉さん、ただいま。迎えにきてくれたの?」
「うん。どうしたの二人してこんなところに突っ立って」

微笑むのはカーナの姉でありノットの剣の先生でもあるキーナだ。黒色に近いくせのある髪が風にゆらゆら揺らめく。剣士と呼ぶには穏やかな女性。

「あのさ、最近噂になってる話なんだけど聞いたことあるかなって。本当のことかは全然わからないんだけど」

夕闇へと移りゆく中、不意に風がやむ。


「王弟は殺されたんだって」








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