あの頃、シャーロットは大きな不自由ない暮らしをしていた。

両親に兄弟、生活に困ることのない家、仕事に行き、上司の機嫌を伺い、同僚とおしゃべりをして、また明日がやってくる。
当たり障りのない、生きることに必要かもわからない、そんなやり取りや勉強の延長がずっと続いていく。

疑問を持たなかったわけじゃない。変わりたくなかったわけじゃない。
どうしていいかわからなかっただけ。変わるのに必要な勇気が足りなかっただけ。

きっかけがなかった。――それは他人に背中を押してほしかったなんて逃げ道に用意した言い訳にすぎない。


いつもの帰宅路。
いつもの時間帯。

石造りの壁に挟まれた路地をゆっくりした歩幅で進む。
すでに通い慣れた道だ、急ぐ必要もない。一日の仕事を終え、身体にこもる怠さ。機械的に足を動かして、ぼんやりとしていたところで迷うこともない。

「おねえさん」

不意に、声。足元からの小さな高い――

「どうしたの、あなたたち?」

小さな少年が、さらに小さな少年の手を引いてそこにいた。
若葉のような澄んだ色彩の瞳をした、プラチナブロンドの髪の。間違えようもなく兄弟と知れる。
シャーロットは彼らの前にしゃがみ込み、目線を合わせた。

「迷子になっちゃったのかな?」
「ちがうよ」
「じゃあ怪我でもしちゃった?」
「ううん、だいじょうぶ。ね?」
「うん……」

兄に促され弟も大丈夫だと口にする。でも、とシャーロットは首を捻る。

「それじゃあ……なあに?」

二人は揃ってそんなに血色のよくない顔をしている。不安や、困惑や、そういった感情もしくは身体的に痛みでもあるように見える。
弟が兄の背に半身を隠したまま、きゅっと口元に力を入れてから声を出した。

「おねーちゃん、みち、わかる?」
「場所によるかな。どこに行きたいの? 教えて?」

やっぱり迷子だろうか。思いながら尋ねれば、兄がふわりと笑った。





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