爆発のあった場所では、村の住民がざわついていた。爆発は小さな小屋で起きたらしい。幸いそこで作業していた人は誰もいなく、怪我人はいなかったようだ。
 そこにオーガンの姿はない。しかしその爆発した場所には不自然に、真っ赤な汚れのない花が置かれていた。エドワードはそれを手に取って考える。
 …………赤い花。アルフォンスはこの花こそがメッセージなのだと言った。オーガンの妹やトリシャは、特にそこまで花に強い思い入れはなかったはずだ。でも、もしかしたら二人との何気ない会話の中で出てきたのかもしれない。
 何かを伝えているのだとしたら、この花をたどればそこにオーガンがいる。エドワードはなぜかそう確信した。

「兄さん、こっち!」

 予想は的中した。村の裏手にある川にいくつか赤い花が流れている。爆発のあった場所では、待機していた一般憲兵にその場を任せて後にした。

「懐かしい。よくここで遊んだよね」
「ああ。母さんが危ないからって注意したすぐそばで、お前川に落ちたことあったよな」
「そういう兄さんだって川で転んでただろ」

 歩きながら昔話をして、アルフォンスはぷうとむくれる。この川沿いで、幼いころ母さんやウィンリィと一緒に遊んでいたことがある。いわば自分たちの思い出の場所。楽しかった日々を思い出しては、それらを口に出して歩いていく。
 今から事件を起こした犯人に向かっていくというのに、こんな時でも気楽な会話をするふたりにハボックとロイは緊張感ないなあと密かに思う。でも、こんな時だからこそ、いつも通りの会話をするのだろう。
 いや、アルフォンスは言っていた。「無意味なことなど何もない」と。きっと自分たちの思い出の場所だから、自分たちの故郷だから。その場所を守ろうという決意の表れなのだ。

「………!」

 リゼンブールに来たときと同じように、赤い花の絨毯が見えた。全員の動きが止まり、身構える。その赤い花に囲まれて、ひとりの男性が――――オーガン・ルージックがいた。

「………待っていたよ、エドワード・エルリック」

 低いアルトの声。それは、人体実験を見た日に聞いた声と一緒だ。やはり、あの時と同じ犯人なんだな……。母さんを作り、あの子に悲しい思いをさせる行為をした……。
 エドワードは怒り、悲しみ、悔しさが混ざった瞳でオーガンをにらみつけた。

「……俺への復讐、なんだろ?なら、なんでウィンリィやリゼンブールにまで手を出すんだ?」

 少女が自分のせいで死んだと思い込むのは百歩譲って理解する。あれはそう思われても仕方ない。けれど、だからってなんで他に当たることになるのか。そう思って問えば、オーガンは冷めた目でエドワードを見下ろした。

「君は何も分かっていない。君は私の大切なものを奪った。それも2度も!だから、君にも同じ絶望を味わってもらおうと思ってね」

 エドワードはオーガンの大切なものを2度も奪ったから、同じく彼の大切なものを奪ってやろうという行動なのだという。
 だが、2度って。トリシャも入っているとでも言うのか。

「私たちは貴方がトリシャさんのことを愛し、写真の少女と共にいたことも調べて知っている。だが、貴方の復讐に分からないところもある。……何でそうしたのか、教えてくれないか」

 ロイがエドワードより先に問う。オーガンの気を逆立てないようにという配慮もあるが、至極単純に知りたいという表面を崩さずに言えば、オーガンはロイの話を聞き入れた。

「……そうだな。なら、昔話をしよう」

 オーガンは両手を広げて語った。

 自分にはかつて、守りたいものがあった。ひとつは遠くで知らぬ間に消え去り、もうひとつは守る間もなくあっけなく消え去った。
 …………トリシャは自分の知らぬ間に命を落とし、あの子は守る間もなく命を落とした。
 トリシャは自分の愛している女性だ。学生の頃から何十年と今でも愛している。自分が何度となく告白しフラれていたが、ある日ホーエンハイムという男の人と共になることを告げられた。落胆したが、心のどこかで自分が受け入れられる日はこないと分かっていたため、それ以降はトリシャの元へは行かなかった。そのうち、子どもが出来たことを知る。そこにいるのが自分ではないことが悔しかったが、トリシャが幸せならそれでいい。でも、好きな気持ちは変わらないため、離れていても、いつもトリシャを想って幸せを願っていた。
 だが、28歳のときにトリシャが亡くなったことを知った。ショックだった。守りたかった。ずっと追いかけ続け、密かに幸せを願っていた彼女がもうこの世にはいないなんて。あの笑顔が見れないなんて。どうしてなのか、調べればすぐに分かった。病気。それは仕方のないことだ。でも、好きで愛していた女性がもういないという喪失感はどうあがいても消えるものではなかった。
 何をしても苦しい思いは消化せず、ぐるぐると渦巻いている日々が続いて2か月が立ったとき。とある街の隅っこで蹲っている少女を見かけたのだ。その子が何故か気になった。身寄りがなく、ひとりだと彼女は言った。だから、その子を連れていき、「ここで過ごせばいい」と思わず言ってしまったのだ。馬鹿なことをしていると思った。なぜそうしたのかは分からない。当然彼女は不審に思っただろう。一日過ごして、すぐに出ていくと思った。だが、彼女は帰らなかった。監禁したわけでも、特別心を縛っていたわけでもない。「落ち着くまでいたいならいてもいいが、出て行っていい」とも言ったが、それでも帰らなかった彼女がよく分からなかった。
 それから自分はトリシャを作ることを決め、森に家を作って研究を始めて、森と街にある家を行き来するようになった。彼女もずっと家にいたわけじゃない。そのうち外に出かけ始め、それ以外は自分のところに帰ってくる日々になった。一緒に行動することも増え、少しだが話すようにもなった。そうして月日が経つにつれ、あの子と一緒にいることが日常になっていった。家族でもないのに。
 そして6年後。あの子が14歳のとき。いつものように出かけた先で、あの子は命を落とした。その瞬間を、この目で見ていた。伸ばした手が、届かなかった。守る間もなく。
 あの時期はその場所が物騒になってきていると警告はしていた。6年も共に一緒にいる時間が多くて、他人ではなくなったその子がどうにも気になって「危ないから」と止めもしたが行くことは分かっていたから自分も行ったのだが。
 その時、隣にいた人物がいたのも知っている。エドワード・エルリック。名前を聞いてすぐに分かった。エルリックはトリシャの姓だから。それ以前にも、人体錬成をしたことで知っている。12歳で国家錬金術師の資格を取ったと騒がれてもいたから、エドワード・エルリックは有名だった。だが、まさかあの子の隣にいたのがコイツとは。自分の愛した女性の子どもが「偶然」にも少女と一緒に。
 病気は仕方ない。でも、あの子は別だ。守ろうと思えば守れたはずだ。自分も助けようと奮闘したが、隣にいたコイツは確実に守れたはずだ。それなのに、コイツはただ死んでいくその子を見ているだけだったのだ。
 守りたかったふたつが、消えた。自分の手には何も残っていない。
 そうして、歯車は更に狂っていく。

「あの時―――お前は、国家錬金術師の役目として来ていたな。錬金術師の武装集団が暴れていたのを見ただろう?それに巻き込まれて彼女は死んだ。彼女が人質になったときお前は助けたな、そこまでは良かった。だが結局錬金術に巻き込まれ、そこでも助けたはずなのに、その後お前は傷ついたあの子を黙って見ていただけだ。お前が――――殺したんだ」
「それは誤解だ!兄さんはあの子を殺してなんかいない!」
「殺したも同然だろう!直接手を下さなくともあの子を巻き込んだのは、見殺しにしたのは、お前だ!」

 そもそも、エドワードがあの子を連れて行ったがためにあの子は死んだ。そうでなくとも、見殺しにしたことで死んだのは事実だ。
 オーガンは、徐々に頭に血が上って戦闘態勢に入っている。全員がそれに応じて身構えた。

「トリシャのこともそうだ。幼かったとはいえ、病気にすら気づけず、それがなくともお前はトリシャを悲しませていた!あの”未完成の”人形を見せつけたのは、それに対するものだ!」

 エドワードの胸がぎゅっと締め付けられる。”未完成の”。だがあれはただ単に腹いせにやっただけではないはずだ。あれを自分に見せつけたのは、君ができなかったことを私は成し遂げてみせた!と言いたかったことも入っている。自分はトリシャを作れると。そういう見せつけも入っているのがありありと分かる。
 確かに自分はトリシャを悲しませることも多くした。錬金術を使ってはホーエンハイムを思い出させ、顔を曇らせたことも多くある。だがそれはそもそもアイツが帰ってこないのが悪いのであって、自分だけが悪いだなんて人聞きの悪い。
 病気に気づけなかったのも、亡くしてからは幾度となく後悔していた。母さんが隠していたとはいえ、身体の調子が悪いことはなんとなく感づいていたのに。
 ―――気の毒だったとは、思う。
 自分よりもずっとずっと前から愛している人が亡くなり、その悲しみの中出会った少女と共に過ごして愛情が芽生えたところでその少女も目の前から消えていったのだから。その中で皮肉にも共通している自分に怒りが芽生えてしまったのだろう。
 でもそんなの、ただの八つ当たりじゃないか。それに。

「守りたかった、なんて言って何もしなかったのはあんたも一緒じゃないのか!」

 病気に気づけず、悲しませ、何もできずに死なせてしまったというのなら。それこそ、そのままの言葉で返してやりたい。コイツは、トリシャのことも、あの子のことも、何も見えてないではないか。

「なに?」
「母さんのことをどんな形であれ守りたいと思っておきながら、影で見ていながら、見ていただけで何もしなかったんだろ!フラれたからって、一切会わない選択を取ったのは正しかったのか?あんた、俺やアルが産まれたことも知ったと言ってたよな。死んだことを知ったときも。……あんた、リゼンブールに来てたんだろ?こっそり会わずに見に来ていたから知ったんだろ?そうじゃなきゃこんなに詳しく知るのはおかしい。あんたに仲間がいるとは思えない。何度か来ているなら、あんたは何で何もしなかったんだ?少しでも会って話していたら、母さんの悲しみは少し癒えたかもしれないし、あんたなら病気に気づけたかもしれないだろ!」

 ピナコは何年も来ていないと言っていた。でも、実際はトリシャにもピナコにも気づかれない程度にリゼンブールに来ていたのだ。それなのに何もしなかったコイツに、そんな恨みを向けられる筋合いはない。
 
「それに………!!!」
「うるさい、もういい!」

 エドワードの話を遮るように、錬金術を発動させた。向けられた攻撃を機械鎧の右腕で避ける。
 聞く耳を持たない人に何を言っても無駄なことは、旅をした中で何人も見てきた。今のオーガンにも、何を言っても届かないだろう。
 かわした攻撃の向こうで、オーガンの瞳が見えた。とても暗くて冷たい瞳。オーガンは息をはいて、とある錬成陣の書いてある紙を取り出してこちらに向ける。

「言ったはずだ。お前の大切なものを奪うためにここまで来たと。お前の一番大切なもの。………鎧だけになった、お前の弟。お前の絶望を見て、それからリゼンブールも破壊する」
「っアル!!!」
「、え?」

 アルフォンスが後ずさったその地面に、オーガンの持っている紙と同じ錬成陣が描かれている。アルフォンスは金縛りにあったように身動きが取れなかった。力が強い。例え無理にでも動けても、地面に錬成陣を描かなければ自分は錬金術を使えない。
 オーガンの持つ紙が淡い錬成反応を放っている。それと連動して動きを縛っているのか。そのうえで、オーガンはゆっくりアルフォンスに近づいた。
 ロイは発火布を握りしめるが、なにぶん相性が悪い。ここは川沿い。今のエドワードとのやり合いでオーガンは水に濡れている。これでは攻撃のしようがない。ハボックは銃を構えているが、立ち位置が微妙だった。
 エドワードとアルフォンスの距離は意外にも遠かった。しまった、今ので意図的に離されたのか。一番近いのは、オーガンだ。アルフォンスへと伸ばされた手に、エドワードの背筋はぞわりと凍る。アルフォンスは血印を消されたら終わりだ。ここからじゃ無理だ、錬金術にも範囲がある。走って錬金術を使って、届くか。
 考えるより先に、エドワードは走り出した。だが、それよりも速く。

「っアルーーーーー!!!!」

 伸ばされた手に、届かない。エドワードの悲鳴が辺りに響き、

「っぐ!」

 アルフォンスの身体に触れる寸前で、オーガンはうめき声をあげた。その時に聞こえたのは確かに銃声だ。弾が、オーガンの頬を掠めている。だが、ハボックは攻撃していない。ならばあの銃声は。
 エドワードがそのままアルフォンスの前に出て、オーガンは態勢を崩した身体を無理矢理起こした。邪魔された怒りのまま、ふたりに手を伸ばして―――――――――

「もうやめて!!!!」
「!?」

 悲痛で切実な叫びと共にエドワードとアルフォンスの前に立ちはだかったのは、今回一番ショックを受けたであろうウィンリィだった。後ろ側にはホークアイ中尉が銃を構えている。やはり今の銃声は彼女が撃ったものだ。

「ウィンリィ?!お前、なんで、」

 その横顔を見て、エドワードは息を呑んだ。泣きはらした顔。でも、その目は真っ直ぐオーガンを見据えていた。きっと自分たちの話を聞いていたのだろう。その瞳には、逃げないで向き合う覚悟をしてきたのがよく伝わった。
 オーガンはウィンリィを見て、彼女に対する怒りを露にした。

「……よく私の前に出られたものだ」
「貴方の気に障るようなことを言ったのは謝るわ。ごめんなさい」

 礼儀良く、ぺこりと頭を下げる姿をエドワードは見つめる。やはり、ウィンリィにもあんな形を取ったのは昨夜の祭りでの出来事が影響していたのだ。何を言って、言われたのかは分からない。ウィンリィにとっては普通の、何気ない会話だったのだろう。でもオーガンにとっては傷つき苛立つものだったらしい。

「でも、こんなやり方間違ってる!それだけは分かるわ」

 いくら傷ついても。互いに話もしないまま、思い込みだけで行動するのは間違っている。どんなに話をしていても、捉え方ひとつで変わってしまうのは仕方ない。どうしてもすれ違いは起こってしまうものだ。でも全く話をしないのとするのとでは全然違う。誤解だってわかってたら互いに苦しむこともなく、こんなこともしなかったかもしれないのに。
 ウィンリィは視界に入った足元にある赤い花に目線を向けた。
 話を聞いていて、わかったことがある。オーガンは、根っこからの悪い人ではない。むしろ本当はとっても良い人なのかもしれない。彼自身が、自覚していないだけで。
 
「貴方は愛情深い人よ。その愛情を受け入れてくれる人が欲しかったの。ただ、それだけなの。この赤い花がその証拠よ」

 赤い花をひとつ手に取って、ウィンリィはそれを見つめる。
 トリシャを好きになって、何度断られても諦めずに攻めること。好きな人のためならと何事にも一生懸命になること。誰かと生涯を共にすると知ったら、それを邪魔せず、幸せを願うこと。これ以上ないくらい、オーガンは愛情深い人なのだ。
 ただ、トリシャへの愛情は行き過ぎてしまった。それは執着とも言う。制御できない部分があるのは確かだ。でも周りに誰もいなかった。家族や友人が、誰ひとりとして。話を聞いてくれる人も、受け止めてくれる人も、止めてくれる人も。それが正しくない道へと突き進んでしまった原因のひとつだろう。そして誰もいなかったが故に、自分に唯一接してくれたトリシャに執着してしまったのだ。人体実験という形を取ってまで。

「赤い花にはね……『愛情』や『情熱』の花言葉があるのよ」

 オーガンは赤い花を敷き詰めて、無意識にそれを伝えようとしていた。トリシャのことも、少女のことも大好きだったのだと。そしてそれを、「エドワード・エルリック」に受け止めて欲しかったのだ。ふたりに共通しているというのもあるが、産まれたときから知っているエドワードに。もちろんオーガンの言う通り怒りもあったのだろう。でも、心の奥底では自分の気持ちを受け止めて欲しかったのが本音だ。

「なんで怒りの矛先がエドだけに向かうのか、分かる?貴方はエドが羨ましかったの。トリシャさんみたいな、全てを包み込んでくれるような人に愛情たっぷり注がれるエドが。自分の傍にいたはずの少女の隣にエドがいたことが。そしてそんなエドが眩しく見えた。嫉妬していたのよ。エドみたいになりたいと」

 きっとオーガンは、エドワードのことも気に入っていたのだ。トリシャのことが執着を抜きでも好きで幸せを願うくらいだ。きっとエドワードが産まれたとき、自分のことのように嬉しかったのだろう。トリシャが亡くなってから少しずつ狂ってしまったが、数年の間にその感情は忘れてはいても根っこにあったのが影響したのだろう。
 ウィンリィは続けて、オーガンに諭すように語りかけた。

「でも、こんなことする必要なかったのよ。だって貴方には、もう愛情を受け止めてくれる人がいたじゃない」

 オーガンが見つけた、あの少女。その子は拾われてから、オーガンの傍を離れなかった。どうしてなのかオーガンは不思議に思っていたが。
 少女もオーガンと一緒だった。家族も友達も、誰もいなかった。当時まだ8歳だった少女は、寂しかったはずだ。そこでオーガンと出会った。何も言わず家に迎え入れてくれたことで、少女は独りではなくなった。自分を拾ってくれたオーガンに、感謝していた。そのうち親のように、あるいは兄のように思ったのだろう。少女はオーガンが家族のように好きだった。
 オーガン自身も、その少女を気に入っていた。追い払わず、ずっと少女の傍にいた。表には出さなくても素っ気ないオーガンが発している精一杯の愛情を、少女は受け止めたのだ。

「…………………、」

 彼女は自分を好いていた……………?
 そんなはずない、自分を受け入れてくれるのはトリシャだけだ。……でも。
 オーガンの脳裏に、少女の笑う姿が浮かんだ。
 自分の横で笑う少女が。自分のことを話す少女が。日常にいた少女が。
 そして今まで腑に落ちなかった彼女の行動が、すんなりと理解できた。今までのモヤモヤと渦巻いていた苦しみが、嘘のように消化されたのだ。

――――――ああ、これが自分の求めていたものだったのか。

 トリシャを作って何を求めていたのか。何を欲しがっていたのか。どうしてあの少女のことでこんなにも揺らいでしまうのか。それらが今、オーガンの胸にストンと落ちる。
 やっと、分かった。自分はトリシャが欲しかったのではない。トリシャのように、受け止めてくれる人が欲しかったのだ。そしてそれがあの少女だったのだ。
 だが、同時にオーガンの心には今まで以上のどす黒い何かが膨れ上がった。オーガンの瞳から光が消える。オーガンにはもう、『絶望』しか残っていなかった。
 そんなことを今更知ったところで――――――――あの子は、もう。
 オーガンはしゃがみ込んだ。そして、ゆっくりと地面に手を伸ばす。

「オーガ、」
「もう遅いんだ、もう」

 地面に手をつき、淡い錬成反応が線のように伸びていく。それは村にまで続いていて。”どこか”に繋がっている。

「知っているんだ、ここには”小麦粉”のある倉庫がいくつもあるのは」

 震える声でそう言ったのを聞いて、すぐにしまった、と村の方を振り返った。小麦粉。そして爆発、といったら―――――――粉塵爆発、しかない。オーガンは錬金術の腕が高い。そんなことをしたら村はおろか、この川沿いまで危ない。自爆する気なのか。こんな事件まで起こして罪から逃れようだなんて許さない。そんなこと、させるものか。
 エドワードは走り出して、両手を合わせる。
 追い詰められたオーガンは悲しげな顔で地面をついた手に力を流し込んだ。

「やめろ――――ッ!!!」
「鋼のッ!」
「兄さん!!!」
「エド!!」

 エドワードの叫びと共に、辺り一帯が錬金術の光に包まれる。その光に包まれ、エドワードは逆らう間もなく意識が閉ざされた。




7/9

  
>
6 | 8